昨日から半袖でもいいほどの暖かさ。もうこのまま春になって欲しい。

 

さて、次女の受験を振り返って、なぜ合不合判定が厳しかったにもかかわらずご縁をいただけたのか、考えてみました。

 

まず直接的な要因は、いつもは自分のミスに気付けないのに、本命校当日に限って気付けたこと。模試でも過去問でもミスがなかなか減らず、前受校・理科では、時間が余ったにもかかわらずあり得ないほどの凡ミスを連発、「出来た」と思っていた本人は炬燵に籠もって出てこなくなるくらい、それはそれは酷い有様でした。こんな素直な問題でミスるようでは、本命校に通るハズがない、と思いました。

 

ところが5日後の本命校・算数では、最後の図形問題(2)を難しすぎると判断して捨て、他の問題を見直してみると、食塩水問題(1)の答えがあり得ないほどキタナイ数字で、オカシイとよく見るとミス発見!やり直してキレイな答えが出たら、空欄にしていた(2)もキレイに解けて、この問題はイケたと確信した、とのこと。ここで丸々大問1問分助かったわけです。

 

その話を後で聞いてゾッとしました。あぁ、そこでいつも通り気付けていなかったらダメだったに違いない、と。

 

ではなぜ当日だけミスに気付けたのか。

それは前受校②のミスを反省したから、前受校①の不合格で目が覚めたから、本命校ならではの気合いが入っていたから等、いろいろあるとは思いますが、そもそも本番に強いタイプであることも大きいと思います。緊張感がプラスに働く体質。それはピアノでも顕著で、だいたい本番のパフォーマンスが一番良い。ピアノの先生も、

 

「○○ちゃんの本番の堂々とした弾きっぷりはスゴイです。一つの才能ですね」

 

とおっしゃっていました。

でも本人に言わせると、

 

「あれだけ(年2~3回)ピティナ(ステップ)に出ていたから、本番に強くなったと思う。スポットライトを浴びる舞台で、普段とは違うピアノで、先生方を前に一人で弾く緊張感に比べたら、みんなで一緒に受ける試験なんて大したことない」

 

とのこと。長女と違って次女はもともと積極的に人前に出たいタイプではないので、確かにピティナで訓練された部分が大きいかも知れません。自分が習っている先生ではない、他府県からいらしたベテランの先生方三人に評価され(4段階評価)、自筆のコメントをいただける講評付き発表会。課題曲のあるコンクールとは違って、何を弾いても良い自由度・手軽さがありながら、それなりの緊張感があり、度胸を付ける良い機会でした。

 

本番に強くなるには舞台系の習い事が良いと言いますが、それは確かにそうだし、普通の同門発表会に比べて、ピティナステップは格段に良くできたシステムと思います。大人の趣味のピアノにも、講評をいただけることは大変有り難く、コロナが落ち着いたらまた出ようかなと思います。半世紀近く生きてきて、あんなに緊張することはそうそうありません。演奏前の一礼では足がぶるぶる震えるくらいですが、終わった後に先生方の温かいコメントを読むと、また次も頑張ろうと思うのです。