「国家と法Ⅰ」より引用 | sumiko1004のブログ

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国家と法Ⅰ 憲法  芦部信喜  


発行所 財団法人 放送大学教育振興会





まえがき





 本書で解説される憲法は、現在の大学の法学教育における法律課


目の中では、読者の皆さんに最も親しみのある課目だと思う。大部分


の方は、中学で「社会科公民」を、高校で「政治経済」を学習ずみと思


われるし、そうでなくても、啓蒙書や新聞・雑誌を通じて憲法問題に触


れる機会はかなり多いので、憲法に関心のある方なら、日本国憲法


の骨組みはほぼ理解されているであろう。





 しかし、これからこの講義を受ける方は、大学で基本課目として行


われる憲法学は高校で「政治経済」の一環として授業されるものとか


なり大きく異なることに、注意して頂きたい。


最大の違いは、大学における憲法教育が、制度の枠組みの解説では


なく、その制度の沿革を探り、その趣旨・目的および機能を、それに関


する諸々の見解を比較検討して具体的に明らかにし、さらに現実の憲


法問題に、それをめぐる多くの価値・利益を衡量しながら一定の判断


を下す論理構成能力を養う、という目的をもって、行われるところにあ


る、と思われる。





 本書も、そのような大学における憲法講義の教材を目指して執筆さ


れた。そのため、私が書くのはおこがましいいが、程度はかなり高く、


一般の大学の法学部で行われている四単位の憲法講義で扱われる


主要な論点は、ほぼ網羅されている。ただ、講義時間数が非情に短


く、本書執筆のために許された紙幅も少ないので、大学レベルといっ


ても、内容的に不十分なところがきわめて多い。


叙述が簡に失し理解しにくい箇所も少なくないかと思う。それに、憲法


は国家権力を制限する法、制限することによって人権を保障する法、


であるところに本質があるので、憲法を勉強する場合、そういう観点か


ら憲法の意味とその現代における問題状況を検討したり、あるいは、


国家権力の濫用から憲法を擁護していくための制度的装置やその理


論構成のあり方を探究したりすることに、重点を置く必要があると私は


考えるが、それは、中学・高校で社会科や政治経済によく親しんだ者


にとって、かなり取りつきにくさを感ずる分野である。それらの点に関す


る本書の解説の不十分ないし不完全な箇所は、できるかぎり講義で補


充していくように心掛けるが、それにも限度があるので、巻末に掲げた


参考文献を参考として、各自最も適当だと考える方法により、足らざる


ところを補うようにして頂きたいと思う。





 日本国憲法を学ぶ場合に特に重要な点の一つは、人権を裁判に


よって保障する制度(違憲審査制)が新たに導入され、憲法問題が


裁判所を通じて具体的に論議されるようになったことである。数は限


られているが本書に主要な人権判例を注記したり、判例・学説で用い


られる合憲性審査の基準について触れたりしたのは、そのためであ


る。これは大学レベルの憲法学では欠くことのできない論点なので、


学習を通じて「法の支配」の原理の意義をよく理解するよう努められ


ることを希望したい。


                 


                              *


 本書の執筆に当たって筑波大学助教授の戸波江二君に手伝って


頂いた。戸波君が私の大学における講義録を基にして書いた原稿


を自由に補正して使うことを承認して下さったおかげで、不完全なが


ら初期の方針通りにまとめることができた。構成や内容についての


全責任が私にあることは言うまでもない。戸波君の協力に感謝の意


を表したい。




一九八五年一月

                                                                   芦部信喜