大好きな大好きな祖母が1ヶ月前までとっても元気だった祖母が亡くなった。

12月のはじめ、急性白血病がわかった。私が知ったのは2週間前のことだった。


尊敬する人は?と尋ねられたとき、

私はいつも、玉里のばあちゃんと答えていた。

なぜかというと、①会うと不思議と元気になれる人だから。②びっくりするぐらい前向きだから。③話が面白すぎるから。④どんな人とでもすぐに友達になれるから。(ばあちゃんにはお友達と呼ばれる人が多々いた。近所の人はもちろん健康食品の集まり、高校生のときバスで大きな声で話をしている人がいると思ったらばあちゃんだったことも。※隣の席の人は初対面 ⑤どんな環境でも、感謝の気持ちを忘れないから。(大腸がん、5年前の大手術の時も、どんなに辛い状況でも病院のスタッフがとってもよくしてくれてありがたいと言っていた)

⑥家族のことになるととっても心配性だから。(特に母やじいちゃんに対して)

93歳なのに私が生まれてからずっと食べるだけで元気がでる煮しめと甘めの卵焼きが作れるから。

(私の1番好きな食べ物もばあちゃんの煮しめって答えてた。私に加えて、ひ孫である娘はばあちゃんの煮しめが大好きだった。

幼い頃から食べたこと。運動会のお弁当、山川で食べたにしめ。

小学校、習字の帰りに毎週食べてた。

中学校、塾の前にたべてた。

高校、部活帰りにとりに帰りなさいと鍋ごと持って帰ったこと。大学、教育実習から帰る帰り道、道路まででて帰りを待ってくれてたこと。出産後、長い坂を歩いてすぐに持ってきてくれたこと。大腸がんから復帰して5年間ひ孫である長女にも食べさせてくれたこと。自身の大病中ずっと食べたかった煮しめ。退院してからばあちゃんに泊まって食べた煮しめがとっても美味しかったこと。じいちゃんを見送ってから、鍋をもらって煮しめの作り方教えてもらったけど、同じようになかなかできない。)

⑧どこまでも周りに与えることを考えることができるから。(多少強引だけど、これ持って行きなさいといつもお土産をくれてた。どれを誰にあげなさい。お見舞いに行くと、そんな話が大半だった。※手作りのまりを町内会に寄付しなさいはびっくりだったけど、、)


亡くなる2日前も、最後まで私たちのことを考えてくれてた。大丈夫だから、うなぎでも食べて帰りなさいって言ってた。とっても身体きつかっただろうに、1週間前にはばあちゃん家にも帰ってきてくれて、ひ孫である私たちの子にもあってくれた。

色んな人がばあちゃんを慕う理由が分かる。会うだけでほっとできるし、いつもあったかい気持ちになれるから。自分自身も優しい気持ちになれて、誰かに与えたい気持ちになれるから。


最後までばあちゃんは、ばあちゃんだった。孫である私の前で変わらないばあちゃんであり続けた。大病で痛くてたまらなかったはずなのに。最後握手したときの手がとても力強くてあったかかった。

家族を大切にしなさい。子供を大切にね。ってずっとずっと言ってた。

かっこ良すぎた。じいちゃんはばあちゃんがとっても好きだったから、寂しくてたまらなかったのかな。まだ5ヶ月しか経ってないのに。早すぎだよ。

どんな時でも、私が鹿児島に帰ってくるとばあちゃんが喜んでくれる。そう思えたから、多少大変なことがあっても乗り越えれた。ばあちゃんに会うのが楽しみだったし、心の支えだった。

まだばあちゃん家の前通ると、煮しめの匂いがしてかすみちゃんって声が聞こえてきそう、実感が湧かないや。

ありがとうばあちゃん。じいちゃんのところで幸せになれますように。