突然ですが


ぼくは祭りの片付けがキライです。

特に模擬店みたいな形があるものを崩すのはキライです。

せっかく自分たちでつくったものを、自分たちの手で壊す感じ、そして祭りが終わってしまうあの感じ、なんかやだな~。。

だから祭りが終わるとテンションがナチュラルローなことが多かったです。



でもちがうとこからみると


きっと

終わりがあるから

いろんなものは

輝くし

愛しいんだと思う。

お祭りも。

人も人生も。。



また少し軸をずらすと

はじまりは終わりのはじまりであって

それを考えるとすべてが虚しくなっちゃうよ。

すべての意味がなくなってしまう。意味がからっぽだ。。

ってなる



ここでまた違ったとこからみると



でもからっぽってのは

虚しい「無」なんかじゃなくて

からっぽってのは

すきとおって美しい「空」のようなものなんだと思う

だから

からっぽって「空っぽ」って書くんだよきっと☆





清春のちょっと前の歌詞に

「 I Love my Empty 」ってとこがあったんだけど、その気持ちが少しわかるようになった今日この頃のぼくでした。



また

話とぶと

日本とか中国とか東洋の人は昔から、「なにもないこと」に美意識をもつとか、「無為自然」を主張してますよね。
西洋発っぽいニヒルを超えるパラダイムをもってんじゃねーのかな。西洋型社会がいろんなとこできしんでいる今、これからは東洋の時代じゃないかなって思う今日この頃です。(あんまよく知らないけど)

ごめん話とびすぎた!!!わり~~

最近よくこうゆうこと考えてるんだよね


うん
ごめん
はい
きもいね


うん
でもやっぱ手放しに祭りの最後を喜べないことはかわんないかも、昔から。。

うんそれだけ。

「話がなげーよ!おもいよ!!」って思った人

「また清春かよ!!」って思った人 

最後まで読んでくれてありがとうございましたm(_ _)m