ちょっと前ですが、こちらの本を読みました。
- 天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル (こころライブラリー)/講談社
- ¥1,944
- Amazon.co.jp
スペイン、バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂等の建築作品を残した天才建築家、アントニオ・ガウディと、「不思議な国のアリス」の著者として有名なルイス・キャロルの発達障害について詳しく書かれています。
ガウディは聴覚からの情報を残し続けることが難しい上、ディスレクシア(読み書きの障害)が少しありました。ルイス・キャロルは吃音と相貌失認(相手の顔がはっきりと認識できない)があったということです。
普段私たちが見て、聞いて、感じていることが、隣にいる家族や友人も同じように感じているとは限らないことをガウディとキャロルを通して説明しています。
先日、療育センターの主治医ともそんな話をしました。「私とお母さんが今見ているこのペンも、実は見え方が同じじゃない可能性があるんですよね」と。
たっくんが難聴でなかなか発語がでなかったため、たっくんは1歳になる前から「この子は視覚優位なんだね」と言われ続けていました。私は、視覚優位って見えている物の方が覚えやすいのかな、それくらいの受け止めでした。
でも、本を読むとなんだかそれだけじゃないみたいだぞ、と感じました。
例えば、視覚優位のガウディは聴覚による記憶が曖昧なようです。つまり、聴覚で得た情報は記憶に残りにくく、何度か聞いたことであっても頭に残らず消えていくということ。
私はたっくんが視覚優位と言われても、聴力があれば(つまり、聞こえていれば)いつかは自然と話し言葉を獲得してくれるはずだと思っていました。そのための補聴器であり人工内耳だと思っていました。
しかし、ガウディは聴力に問題があるわけではありません。聞こえているんです。聞こえていても、聞いたことが記憶に残らない、そういうことってあるんだなと思いました。
そして、自分を振り返ったとき、間違いなく私は聴覚優位なんだと思います。私が軽い難聴を抱えていても、それでも聴覚優位なんです。聴力の問題ではなく、これは脳の問題なのですね。
とは言っても先天性の重度難聴(聾者)の場合は脳うんぬんの問題ではなく、耳からの情報が生まれたときからないわけですから、たとえ元々の脳が聴覚優位的なものであっても、成長と共に必然的に視覚優位の脳になると思われます。そんな人の頭の中は、間違いなく映像思考です。聴覚優位の人が思考に音声言語を使いますが、たとえば私の妹(聾者)は間違いなく映像思考であり、頭の中に日本語は補助程度しかないと思われます。
聴覚優位の私の中に映像があるかというと、ほとんどありません。思考はほとんど言語。映像や画像は意識して思い出そうとしなければ出てきません。私にとって映像は非常に曖昧なものなので、出会った人の顔は1度や二度では覚えられないので、何度かあった人でも誰かを思い出すのに時間がかかります。そして最後まで失礼ながら思い出せないときがあります。しかし、画像(写真)で何度か見ていると覚えられることも多いです。私は映像(3D)はかなり苦手ですが、画像(2D)であれば記憶にとどめることがいくらかできるようです。
さて、タイトルの「ダイレクトコミュニケーション」ですが、この本では映像思考の人同士だと言葉を介さなくても映像で意志を伝え合うことができるというのです。もちろんいつでもどこでも出来るわけではないようですが、例としてこんなエピソードが紹介されていました。映像思考のお母さんが、映像思考の子供に「ごはん、何食べたい?」と言葉で聞くと、子供からはカレーライスの映像が送られてきたというか、お母さんにはカレーライスが見えたというのです。
これって、俗に言うテレパシーとか透視というやつじゃないですかね。
ちなみにこの本は多くの大学の先生方にも協力してもらっているし、参考文献も具体的に載っています。決してうさんくさいスピリチュアル系の本ではありません。
非常に理論的に説明されている本の中に、このダイレクトコミュニケーションが出てきたときは正直びっくりしました。
個人的にはそのようなことは限られた人たちの間で出来るだろうという思いはこれまでもありました。超能力のようなものも否定していません。しかし、真面目な本に出てきたことに驚いたのです。
この件についてはあまり深くまで掘り下げて解説していませんでしたが(おそらく、しっかりとした研究が進んでいるわけではないのです)、非常に興味深い内容でした。
これがもし出来るのなら、私もたっくんとダイレクトコミュニケーションをしたいものです。しかし、私は聴覚優位。ほとんど頭の中に映像はありません。
それでも、最近ときどき試してるんです。たっくんに話しかけるとき、自分の頭に伝えたいことを想像して念を送ってみるということを。たとえば、車に乗るよと伝えたいとき、車にたっくんが乗る映像を作り出してたっくんを見ながら送って見ます。気のせいかもしれませんが、ちょっとたっくんの反応が良くなったような?
本気でこういうことに取り組むというよりは、普段使っているカードや手話などにプラスして遊び感覚でやっています。勝手に伝わったような気持ちになって楽しむのはアリかな。
もし、うちは親子共々映像思考だわと思う人がいたらぜひ試してみて下さい。
視覚優位と聴覚優位の人が親子になり、お互いの優位性を知らないでいると親子の溝が深まることがあるようです。何らかの発達障害をすでに指摘されている家庭であれば、親と子の感じ方が違うことを多少なりとも理解しているので良いと思うんですが、障害までいかない場合でお互いの優位性が違うとすれ違いがあるようです。
例えば、聴覚優位の母親は少しの言葉があれば相手に十分伝わると思っているのに対し、視覚優位の子供
は言葉だけでは理解しずらいにも関わらずサササっと言葉で言われて母親の真意を汲み取ることができず、もたもたしたり違う行動をしたりしてしまうというようなことがあるようです。そのため、なんで言っても分からないのと母親は悩み、イライラし、子供は子供で母が何を求めているか分からず孤独を深めたりするんでしょう。
世の中には気付かないだけで、お互いの認知特徴の違いからこうなっている親子ってけっこういるのかもしれませんね。
ルイス・キャロルの見え方の不全も興味深いものでした。
私とちょっと似ているですが、3Dでは相手の表情などを読み取れないのに、写真ではよく分かるようです。そのため、写真を趣味にして熱心に気に入った子の写真を撮っていたのだとか。また、気にしたことがなかったんですが、不思議の国のアリスには例えばお花が出てくるときに描写が色や形ではなく、香りのような目に見えないものであるという特徴があるようなんです。アリスの物語は簡単になった絵本でしか読んだことがないので、原作にすごく興味を持ちました。
ガウディもキャロルもそれぞれ認知特徴があって後世に名を残す偉人となっているわけですが、そのかげで対人関係の苦労も抱えています。
発達障害があるからといって、すべてが偉人や天才と言われる人になるわけではありませんが、子供が持つ得意分野を伸ばして充実した人生を送れるよう、子供の手助けをしていきたいと思います。