インスタグラムでもお伝えしていますように
台風19号で被災された方への物資支援や
郡山市被災家屋への清掃ボランティアに参加しました!
 
19日から本当なら清掃作業をスタートさせたかったのですが
19日は、福島県は雨予報でボランティアが作業に入り二次被害が出てはと地元の社会福祉協議会でもボランティア受け入れを取りやめていたため、当団体でも作業は取りやめ
19日は現場の下見と作業工程の段取り、必要なものの手配や、元団体の里親さんになってくださった方で今回の豪雨で被災した方を回り物資や困っていそうなものをご支援するために中通りを回らせて頂きました。
 
 
※皆様から頂いています支援金にて
ペットだけでなく水害に合われたその家族の必需品の手配にも
ありがたく使わせて頂きました。
 
皆様の応援心より感謝いたしております。
 
 
当団体の理念に
 
人間も動物も共に幸福な社会
 
というものがありまして、
人を助けることは動物を助ける事にもつながるし
人と動物は 共に幸せ にあるべきだという考えがありまして。
 
動物愛護団体だから、ペットのためだけに動く団体ではなく
そこにいる人間が幸せになれる活動にも重きを置いています事
皆様にはご理解いただけたらありがたく思っています。
 
 
今回台風19号で被災したペットで 今一時預かりしています
トト・マイケル・シルクは、東日本大震災の時に
原発の被災地富岡町にいた子たちです。
※インスタグラムの方に様子を載せています。
 
飼い主さんは、2011年 富岡町を避難せざるを得なくなった時
あの事後後の混乱の中
ペット可能な住む場所の確保が難しく、また自身の運転が出来なかったため泣く泣くご自宅に家族として可愛がってきたペットを置いてきてしまいました。
 
その後私達や他の団体さんのお陰で飼っていた猫の半数を保護できましたが、震災から約10年の間に亡くなった子や預かり先に出した子などもいたため、
現在一緒に暮らしていた子はこの3匹でした。
 
2011年3月 富岡からの避難後、しばらくは何か所も避難場所を転々として、落ち着いたのは、郡山市のビックパレットの脇の
富岡町の南町仮設でした。
富岡町はペット可能な仮設を用意してくれて
そこでやっと家族と一緒に住める段取りが出来たのです。
 
しかし数年後、長期化する避難生活の中、
やはり仮設住宅での生活の不便さを感じ、
郡山市で一軒家を手に入れることにしました。
 
郡山駅からも歩いても30分で行ける場所で、
ご夫婦ふたりと愛猫3匹が幸せに暮らせる 
栖(すみか) をやっと見つけたのでした。
 
この地域での今回の水害は、
ある程度は想定されていたものだったとは思います。
すぐ横に阿武隈川とぶつかる逢瀬川が通っていて
リスクは全くなかったとは言えません。
 
でも、家から川の護岸を見上げるに、
あまりにも高く深く川の両脇を立派に整備してあります。
 
家も一階建て平屋ですが、道よりは少し高く作っています。
 
長く河川の工事を進めていて、想定以上の水が来るとも思えなかったのだと思います。
 
でも、起こってしまいました。
 
郡山市のどの避難所も対応は遅く
避難所でのペットの受け入れをしていなかったため
もともと避難する判断は頭に無かったそうですが、
 
台風の通過する夜は、激しさを増してくる雨に
命の危険を感じ、やはり避難をしようと思ったそうです。
でも、もうその時点では雨がすさまじく避難場所に向かうことも
危ないという状況で結局家に残るほうが良いと判断したようです。
 
目を覚ましたら布団に水がしみ込んでいたそうです。
愛猫3匹は、避難をしようと一度思った時点でキャリーに入れて高い場所に移していたため無事でした。
 
そこから、救急と警察に連絡をするも、なかなか繋がらず
台風のため付き添ってくれていた知り合いの方の助けもあって
全身びしょびしょになりながらもボートで助けてもらったと言います。
 
彼女は今、被災のショックから昨年末より患っている病気も
影響して 再び 弱ってしまっています。
 
そんな彼女に元気になってもらいたいと
愛猫だけでも無事に安全な場所でいられるようにしてあげて
安心してもらいたいと思い連絡が取れてすぐに預かることにしました。
 
避難所では、猫のキャリーすら室内に入れてもらえず、
玄関で狭いキャリーに10時間以上入れっぱなしだったのです。
 
中核都市の郡山市
あまりにも対応が酷いし、遅れていると思います。
 
私自身は中通りからは引っ越しをして浜通りへ移った身ですが
里親さんが中通りに多くいる以上、今後何も考えないわけには行きません。
 
避難先でペットの受け入れが出来ません と言われても
みんなペットは家族 ですから
家族を置いてなんて行けないので避難するという判断が無くなります。
 
他の地域の方ですが
今回の台風で ペットと避難できず、それによって命を落とした方もいたと聞きます。
 
今回の被害では多くのペットが人知れず命を落としているのだと思います。家畜も多くの命が奪われました。
 
浸水被害にあった里親さんとお話をして思ったのは
ペットを飼育しているもの同士
繋がれるネットワークみたいなものを作り
同じ地域の人その仲間同士間での避難場所を確保していく必要があると思いました。
 
行政の避難場所は、ペットの性格や行動などの様々な理由があり無理な場合もあります。
だからと言って、被災後にわざわざ遠くのところへ預けたりするよりも近くの同じペットを家族と思っている人同士の団結が
何かあった時に絶対必要だと感じました。
 
ツイッターなどに情報をあげる場合もそういう場所があるだけで
情報を把握しやすいと思うのです。
 
今後 当法人として何らかの形にしていければと思います。
 
 
 
話は戻りますが
 
富岡町で被災して、再度台風19号で被災したご家族は
今回の台風で 二度も暮らしを奪われてしまいました。
 
このお家の清掃ボランティアにはいるにあたり
再度被災したという気持ちに寄り添って活動させて頂きました。
 
19日に下見をして、ある程度の必要なものが解ったので
ボランティアに来てくれる方を含めいろんなものを手配してもらいました。
 

家族さんとも入念に打ち合わせをして心が保てるような清掃を心掛けました。
 
昨日 朝7時半富岡町出発で郡山に
浜通りから中通り・・・やはり2時間は掛かってしまう(;'∀')
 
ボランティアさんを郡山で一人ひろい
 
計4名 女だけでしたが
 
浸水被害にあわれたお宅の まずは
水害にあった日用品の廃棄の作業から開始
 
※撮影の許可は頂いています。
 

お父さんも持病でてんかん発作や片麻痺があるのです。
でも、まだ少し残している書類整理をしなくてはならないので
一緒に作業に入りました。
 
でも、無理するものだからひやひやして。
 
被災して約一週間放置してしまったので周りの地域との片付けの状況の格差がありました。
 
汚泥も原因ですが、水が腐りにおいが増していました。
水はひいたものの、タンスの中に沢山の水が残ったままなのです。
 
でも、栖のボランティアの中心的存在の皆さんは
 
みんな とっても パワフルでした!
 

一日で、大型の廃棄物以外のものは搬出終えました。
 
大型の廃棄物や畳は、重すぎて動かせなくて
 
昨日、社協に相談をして、ボランティアさんの手配をさせてもらったので、後日ボランティアさんが出してくれることになりました。
 
 
 
富岡町で奪われた日常から
約10年の間に集めた必要なもの。
 
シングルベットに乗るくらいの量しか
再び使えるように出来るものがありませんでした。
 
亡くなった愛猫たちの亡骸も水没してお骨入れもダメになってしまいました。
 
自分がこんなことに遭遇したら
どれだけショックで立ち直れないでしょう。
 
でも、ご近所の被災された方もみんな強いです。
本当に皆さんくじけていません。
 
皆さんに出来ることは何でしょうか?
今回は被災した地域が広いです。
お近くの場所で構いません。
ご無理なく出来る支援を継続してください。
そしてどうかボランティアに参加して頂けたらありがたいです。