ブログチャレンジ16日目✨✨✨
おはようございます😃
今日は朝から書く気満々です😁😁
✨愛について…✨
私は霊性学を学んでいます。
少し前メンターから深く読んで考察してくださいと
エリザベス・キューブラー・ロスの
『死にゆく子供たちへの手紙』の一部文が送られて来ました。
今回は長いのでその中でも私が心に届いてそれから考えている文章を紹介します。
愛はあらゆる方法で「本当の自分とは何か」を教えてくれる。
私たちのほとんどは、愛を経験したことがない。
経験してきたのは愛ではなく報酬である。
子供の頃、私たちはお行儀良くしていれば、いい成績を取れば、おばあちゃんに優しくしてあげれば、手をよく洗えば
「愛してもらえる」ことを学んできた。
愛されようとして努力はしたが、それが条件付きの愛であり、偽物の愛であったことに気づかなかった。
いちいち他人から承認を必要とするような愛を本当の愛と呼べるだろうか?
私はまだ生きているということは、まだ学ぶべきレッスンが有るということ
大事なことは2つ
愛を与えること。
愛を受け入れること。
「自分を愛していなかったから私は愛を受けいれられなかった。」
What do you think love is ?
(あなたは愛は何と思いますか)
それが最後のレッスンなのよ。
凄く考えさせられました。
少し前
私は自分の中のインナーチャイルドを癒そうと両親に
幼少期言えなかった辛い出来事を告白し助けて貰おうとしました。
それは学校でいじめられてた事や、それを恥ずかしく思いまたいい子でいなければという思い込みから絶対両親には話せない事でした。
家庭内は祖母と母が仲が悪かったので長女の私がなんとかとりもたなければと思っていました。
母は躾に厳しくなかなか合格点がもらえずダメ出しが多かった事なども辛かった経験です。
父は無関心で何事に関しても関わらない人でした。
思い出すと結構沢山出て来たのですが…
学びをせず生活していた時は忘れていると言っては大袈裟ですが、気にも留めてませんでした。
そして私の中では母は神の様な存在で。
母の言う通りにしていれば間違いない。母の機嫌を損ねてはいけないという思い込みがありました。
話しが横道に逸れてしまいました…
告白したところ
私の予想では
母は自分にとっては辛い話だが私が辛かったという事が分かり私を労ってくれると思っていました。
現実は
母は大泣きして怒りだし、最後には
『言った方はスッキリするかもしれないけど…
言われた方は忘れない』といって部屋を出ていってしまいました。
起こった事は最善!
自分に何度も言い聞かせます。
起こった事は最善!
何度も捉え直しします。私に必要だから今のタイミングで起こって来たのでしょう。
私は母の心が癒され連絡をくれるのを待ってます。
愛を与えることも難しいけれど…
愛を受け入れることはもっと難しいと思いました。
神からの愛は自分に都合のいい事ばかりではありません。
辛く納得いかない事も与えられます。
自分を愛する!
簡単な様で難しい。何が正解かわからなくなる事はありませんか?
これは我儘なのか、それとも自分に正直に自分を愛している事なのか?
これからもずっと問い続けていく課題ですね。
今日の空は青くて綺麗です!
心洗われますよ〜
皆さんも空を見上げてみて下さい。
顔を上げていれば悲しんでなんかいられなくなります。
今日も読んでくださりありがとうございました💖
