やはりもう記憶からぶっ飛んでいるので覚えている範囲で。
そういえばどこかの段階でいろいろと準備がありました。
・血管の確保
ブドウ糖点滴を出産直後に行うために点滴をいつでもさせる状態に。(針がささっております)
・毛の処理
裂けた場合or切る場合&縫う場合に邪魔なので。
(どうせ旦那が見る頃=1ヵ月健診後にはまた復活しているから気にするなとw)
んで、破水後。
とりあえず抗生物質を飲まされる。
その後は子宮口が全開になるまでひたすら耐える。
これもまたきついわけで(陣痛は更に強くなる)
旦那さんに素手で出口を押さえてもらってました(旦那は頭の感触がある…とびびってました)
そこから耐えること1時間くらい?
なんか旦那さんと二人で耐えることがきつくなってきたので(私の中では)
助産師さんを呼ぶことに。
「いてくれると心強いのできてくださぁぁい…」
助産師さん登場。
でもまだ子宮口は全開ではないので、指でちょっとずつ広げられる
さらに実際に通ってくるところも広げられる
しかも!
便が邪魔してたらしく掻き出されたorz
そんなこんなで4時半くらいかな。全開になった(してくれた)そうで。
分娩台のセッティングが始まりました。
紙の靴下みたいなの履かされたり、脚の台があがったり踏ん張るレバーがおかれたり。
そいえば、いきみ逃し(あまり逃せてなかった)最中に
「なんか手がしびれてきました…」
→酸素が足りなくなったとかで酸素マスク装着させられ。
そんなんでいよいよいきんでOKという段階へ。
いきむのはプールでやっていたとおり。
ただ
声が出てしまう
自分のタイミングでいきむわけではない(陣痛にあわせる)
頭と身体がうまく結びつかず、大変でした。
早く出したいとあせって関係なくどんどんいきんだり。
息を止めて踏ん張ることだけは体得していたので、助産師さんにほめられたり。
(なんかいっぱい褒めて下さいとか言った記憶もあるなぁ)
で、出したいけど助産師さんが裂けないように裂けないように慎重にやってくれ。
出てこようとする赤ちゃんとなかなか伸びない出口とで戦っていらっさいました。
そんな中もうひとり助産師さん登場(産後の赤ちゃんのあれこれを行うため)
その後、先生も登場(これは切るためor縫うため)
先生が切る準備をしていたところで…
赤ちゃん登場っ
もういきまなくていいよーとのことで呼吸を短いのに切り替え。(ハッハッハッハッハっての)
ずぼっ
デターーーーーー!!!!!
ンギャーーーーー!!!!!
おおおお…
2012年1月26日5時2分 女児誕生。
へその緒を処理して、さっそく私のお腹の上へ。
娘さん、ンコ&シャー
将来が楽しみな大物っぷり。

その後娘さんはいろいろ調べられに別室へ。
私は後産を。
いきまなくていいんですか?
ずるずるとひっぱって胎盤登場。
その後先生が縫合。
どれくらい裂けました?と聞いたり
イテテテテ…と出産より痛くないはずなのに痛がったり
さっきとは大違いな冷静さ(苦笑)
落ち着いたあと、娘と旦那登場。
初乳を与えつつ娘を温めろと。
これがまた難しいのね。
うまく温められず助産師さんに怒られたり。
この間家族水入らず。
そして携帯OKだったので携帯をいじったり(結局大したことできず)
旦那と会話したり。
2時間くらい休んで分娩室を卒業。
旦那さんは病院を追い出されw
娘さんは今日は新生児室へ。
私は助産師さんによってキレイにされ部屋へ。
(うまく歩けず車いすで…)
トイレ行きたくなったらナースコールして下さいね、とのこと(倒れたら困るので)
戻ってぼーっとして朝ご飯の時間。
朝ご飯の前にトイレに行きたくなりコール。
ふらふらと歩いてトイレへ。
ちょいとしみたけど、出るわ出るわ…
なによりどこに力いれていいのかわからず。
いつもの3倍以上時間をかけて排出。
その後は朝ご飯を食べ、ゆっくり休むこととなりました。
反省点いっぱいの出産でした(次回こそは…)が、初めて母親の偉大さを実感。
休んだあと実家に感謝の電話を早速かけました☆
そういえばどこかの段階でいろいろと準備がありました。
・血管の確保
ブドウ糖点滴を出産直後に行うために点滴をいつでもさせる状態に。(針がささっております)
・毛の処理
裂けた場合or切る場合&縫う場合に邪魔なので。
(どうせ旦那が見る頃=1ヵ月健診後にはまた復活しているから気にするなとw)
んで、破水後。
とりあえず抗生物質を飲まされる。
その後は子宮口が全開になるまでひたすら耐える。
これもまたきついわけで(陣痛は更に強くなる)
旦那さんに素手で出口を押さえてもらってました(旦那は頭の感触がある…とびびってました)
そこから耐えること1時間くらい?
なんか旦那さんと二人で耐えることがきつくなってきたので(私の中では)
助産師さんを呼ぶことに。
「いてくれると心強いのできてくださぁぁい…」
助産師さん登場。
でもまだ子宮口は全開ではないので、指でちょっとずつ広げられる
さらに実際に通ってくるところも広げられる
しかも!
便が邪魔してたらしく掻き出されたorz
そんなこんなで4時半くらいかな。全開になった(してくれた)そうで。
分娩台のセッティングが始まりました。
紙の靴下みたいなの履かされたり、脚の台があがったり踏ん張るレバーがおかれたり。
そいえば、いきみ逃し(あまり逃せてなかった)最中に
「なんか手がしびれてきました…」
→酸素が足りなくなったとかで酸素マスク装着させられ。
そんなんでいよいよいきんでOKという段階へ。
いきむのはプールでやっていたとおり。
ただ
声が出てしまう
自分のタイミングでいきむわけではない(陣痛にあわせる)
頭と身体がうまく結びつかず、大変でした。
早く出したいとあせって関係なくどんどんいきんだり。
息を止めて踏ん張ることだけは体得していたので、助産師さんにほめられたり。
(なんかいっぱい褒めて下さいとか言った記憶もあるなぁ)
で、出したいけど助産師さんが裂けないように裂けないように慎重にやってくれ。
出てこようとする赤ちゃんとなかなか伸びない出口とで戦っていらっさいました。
そんな中もうひとり助産師さん登場(産後の赤ちゃんのあれこれを行うため)
その後、先生も登場(これは切るためor縫うため)
先生が切る準備をしていたところで…
赤ちゃん登場っ
もういきまなくていいよーとのことで呼吸を短いのに切り替え。(ハッハッハッハッハっての)
ずぼっ
デターーーーーー!!!!!
ンギャーーーーー!!!!!
おおおお…
2012年1月26日5時2分 女児誕生。
へその緒を処理して、さっそく私のお腹の上へ。
娘さん、ンコ&シャー
将来が楽しみな大物っぷり。

その後娘さんはいろいろ調べられに別室へ。
私は後産を。
いきまなくていいんですか?
ずるずるとひっぱって胎盤登場。
その後先生が縫合。
どれくらい裂けました?と聞いたり
イテテテテ…と出産より痛くないはずなのに痛がったり
さっきとは大違いな冷静さ(苦笑)
落ち着いたあと、娘と旦那登場。
初乳を与えつつ娘を温めろと。
これがまた難しいのね。
うまく温められず助産師さんに怒られたり。
この間家族水入らず。
そして携帯OKだったので携帯をいじったり(結局大したことできず)
旦那と会話したり。
2時間くらい休んで分娩室を卒業。
旦那さんは病院を追い出されw
娘さんは今日は新生児室へ。
私は助産師さんによってキレイにされ部屋へ。
(うまく歩けず車いすで…)
トイレ行きたくなったらナースコールして下さいね、とのこと(倒れたら困るので)
戻ってぼーっとして朝ご飯の時間。
朝ご飯の前にトイレに行きたくなりコール。
ふらふらと歩いてトイレへ。
ちょいとしみたけど、出るわ出るわ…
なによりどこに力いれていいのかわからず。
いつもの3倍以上時間をかけて排出。
その後は朝ご飯を食べ、ゆっくり休むこととなりました。
反省点いっぱいの出産でした(次回こそは…)が、初めて母親の偉大さを実感。
休んだあと実家に感謝の電話を早速かけました☆
今日からダンナさんは職場復帰。
なので、娘さんと2人きり生活開始です。
そんな今日は義母様が食べ物を届けに来てくれました。
さすがに炊事をちゃんとやる自信がないもので…
協力してくれる人がいるのはありがたいことです。
なので、娘さんと2人きり生活開始です。
そんな今日は義母様が食べ物を届けに来てくれました。
さすがに炊事をちゃんとやる自信がないもので…
協力してくれる人がいるのはありがたいことです。
