朝ドラ「花子とアン」で
最近、重要テーマのひとつだったのが
仲間由紀恵さん演じる、蓮子さんが
息子さんの戦死を受け止めることでした。

ドラマでは
大親友の花子さんの支えがあって
乗り越えられたように描かれていましたが。


そこで、ふと思い出した出来事が。

わたしが高校1年の頃、
学校行事のひとつに「100㎞徒歩」という
2日間、ほとんど寝ずに100㎞を歩く、
生徒の自主イベントがありました。

1年のとき
わたしは、足首の捻挫の古傷が痛んで
ラスト数時間は、ほとんど記憶がないほど。

本当に辛かった思い出です。

親友のうえもりが
「荷物持ってあげるわ」と気遣ってくれたのも、
何の助けにもならなかった記憶があります。


面白いことに、翌年の100㎞徒歩にも
また参加した私たち。

今度は、親友のうえもりが
体調不良で、2日目は辛そうでした。

なんとか声をかけたりするも
「私のことは、ほっといて!」と
突き放されるばかり。


そして、なんとかゴールした親友の言葉が
「去年はごめんな。
ほんまに辛いときは、荷物持ってもらっても、言葉をかけてもらっても、全然意味ないもんやな。」
といった言葉でした。



朝ドラの主人公たちも
ドラマの流れ上、親友の支えで
息子さんの死を乗り越えられたように
描かれていますし、
それを否定する気はないのですが。

ただ、本当に辛いとき、その瞬間は
周りの支えも見えなくなるほどに
ただ、ひたすら辛く、時間が過ぎるのを待つしかない。

わたしの場合は
そうかな、と思います。



その、1番辛いときを乗り越えられた時
家族や周りの人たちの支えが
本当にありがたい、と思える。


そして、私見ですが
本当に1番辛いときを乗り越えるのは
運命や神様のみぞ知る世界なのではと。

嵐や台風のように
私たちにできることは、ただ
過ぎ去ることを待つのみ。

泣いても困っても
明日は必ずやって来てしまう。

それでも人間は
その中で、最善を尽くせないかと
悪あがきしてしまうんですけど。


朝ドラを見ながら
そんなことをふと思いました。


すべての人にとって、辛いことが
最小限である世界であればいいのにと
願います。