またまた続きです。


2011年3月11日(金) 18:00分ころ



久しぶりに綺麗な星空を見ました。


真っ暗闇の中でみる夜空の星は直ぐにでも手が届きそう。


自然の偉大な力の中で人間の無力さを知りました。



家の中にあった食べられるものと飲み物を妻が車に持ってきました。


余震がある中、危険といえば危険ですが、気が付くと朝から何も食べてなかったことに気付く。


カーナビのTVを見ながら、ことの重大さと、福島第二原発問題を取り上げています。


この段階では第二原発だったんですね。



後ろの座席をフラットにし、毛布を家から持ち出し、簡易的にでも寝れるスペースを作りました。


自分「外に行ってくる」


と言って懐中電灯を持ちながら外にでてみると、学校には小さな明かりが付いています。


各自が持ってきた懐中電灯の明かりだと思いました。



数百メーター海岸方面に歩いてみると、田んぼの方に水が来ているのが見えます。


ジワジワと....。


もう少しで家まで来るんだろうか...。


側溝の水は逆流しています。



「ばあちゃん(祖母)..。」大丈夫かな?


この津波では車で行けそうにありません。


絶対非難している!!と思い込むことにしました。



車に戻りしばらくの間、垂れ流しの震災状況のTVをボーっと見ました。


「仙台の若林区の沿岸部の道路で200名前後の遺体を....」と放送されていました。



ここから車で数分の距離に...。


声は出ませんでした。


妻と自分はその報道にコメントすることが出来ません。



震災から6時間以上経ちましたが、コレが夢であって欲しい...と隣の妻も思っていたはずです。


サイレンの音だけが、真っ暗闇の中に響いていました。




少しの間寝てしまいました。


余震がきても反応しなくなり、電車に乗っているかのように揺れています。



時計を見ると



21:00分すこし前


津波がどこまで来ているか不安になってきました。


懐中電灯を持ちながら、外にでました。


妻に心配されましたが、「直ぐに戻る」と言いました。


子供は寝ています。



津波はジワジワと直ぐ後ろの道路まで来ていました。


家の入り口までは約20mです。


家は土台が高く床下浸水するまではそれなりの時間がかかると分かりましたが、


この水はどこまで来るのか...と思うと心配です。


うっかり寝てしまい、気が付いたら津波に車ごと流されているかも知れません。



まもなく携帯が鳴りました。友人(市議会議員)が心配して電話をくれました。


携帯の充電が無くなりそうなことを言うと直ぐに持ってきてくれました(感謝感謝)


大変な状況だと報告を受け、一刻も早い救出活動をお願いしました。



21:30分頃


側溝の水の逆流が止まっていました。


早くこの水が引いてくれることだけ祈っていました。



22:00分頃

側溝の水はいつもの流れのように海の方へ流れ始めていました。


少し安心しました。


そのとき...ばあちゃんの安否が気になりはじめ、水が引いたら車で行ってみることを決意しました。



隣の車で休んでいる親父に「もっと水がひいたらばあちゃん家に行ってみよう」と告げ車に戻りました。


親父は黙っていました。



妻「何か考えている?」

自分「もう少したったら、ばあちゃん家に行ってみようと思う」

妻「明るくなったにしたら...危険だよ。行ってダメ!」


TVでは各地の大津波の模様が映し出されています。


正直、朝になることがとても嫌でした。


どんな状況になっているのか...。



23:30分頃

側溝の水位は低くなりました。


一人では危険なので親父を起こして行くことにしました。


妻「気を付けて」


別な車に乗り二人で真っ暗でデコボコになった道路をゆっくりと走り出しました。


この宮城は地震が多く、震度5以上で道路がデコボコになるのもそんなに珍しいことでもありませんでした。


ただ補修が早く、1週間も経つと普通に走れるようになっていて、その速さに驚かされました。



いつもの道は冠水していて通れません。


何度も迂回をしながら進みます。


車で5分の距離ですが、迂回をしながらで近くまできました。


田んぼは湖のようになり、道路は全て冠水。


道路は川のように水が流れています。



ばあちゃん家まで約500mのところまできましたが、道路は水深があり通れません。


もちろん車は1台も無く、津波で流されてきた瓦礫だけが壁のように道路を塞いでいました。


自分「これ以上無理だな... 歩いて行くのも危険」

親父「夜なので無理はしないほうが良い。明るくなったら直ぐ来よう」


迂回してきた道をそのまま戻りました。


妻はウトウトしていました。


妻「お帰り」

自分「行けなかった」


妻「星が綺麗だね」と言いました。

自分「こんなに綺麗な星空はみたことが無いね」

自分「明るくなったらまた行ってみる」


ガソリンタンクは約半分。



夜が明けることがどれだけ嫌だった夜か...。


これからどんなことになるのか...。


まだ誰も知りませんでした。



続く。












































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