まずはじめに...。

この記事は皆さんに見てもらう目的では無く、その1日を忘れてはならない為にこのブログに書き残しておきます。



2011年3月11日(金)


いつも変わりない朝で、変わりなく妻はパートに出勤して行きました。

小6の子供も変わりなく「行ってきます!」と玄関を出て行きました。


自分は自営業。

ブラックのコーヒーを飲みながらPCのメールをチェックし、

子供の小学校の同窓会入会式に出席するために家を出ました。


「もうすぐ卒業式ですね..やり残した事...学校の為に尽くしてください」

いよいよ卒業式だね...不安と期待を背負った子供達。

卒業式前のリハーサルの意味合いもあるので少し緊張気味でした。


同窓会入会式を終え、一度帰宅。

仕事の段取りをしてから...。


同級生が市議会議員なのでその事務所へ...。


スタッフと2人で選挙カーの手配と買い物の為に外出。


選挙カーの手配が終わり、買い物へ。

このころは13:30頃かな。


帰りにコンビに寄り、事務所へ到着。


事務所に行くと来訪頂いた方の記録をチェックし、

PCのメールを確認。2,3件用事をこなし応接室へ。


応接室でスタッフと立ち話しをしていた時....


14:46分


地鳴り?と感じてる間も無く、縦横の激しい揺れ。


事務所内のスタッフ全員が慌てはじめます。


携帯の緊急地震速報が鳴ったのも分からず、


激しい揺れでそのまま立っていられず、壁に背中を当てて揺れが収まるのを待とうと思った。


火の始末をしながら、停電に。


かなり激しい揺れは長く、揺れに慣れてくると「これが宮城県沖地震?」なんて会話。


その後収まりかけ、立とうと思った瞬間に、最大の揺れ。


キャー!という悲鳴というより、地鳴り(轟音)が凄く、外を見ると電信柱が大揺れ。


立揺れ?横揺れ?と考えても..今まで感じたことが無い揺れ。


宮城県沖地震を体験した自分でもこんなに強かった記憶はありません...。


地震体験車の「グララ」だっけ?去年体験したんですが、こんな揺れ方だっけ?


と考えながら...でもまだ揺れてます...涙。



女性のスタッフは泣きだし「大丈夫!」と励ましました。


あるスタッフは...会社に戻らなきゃ...。と


あるスタッフは携帯のワンセグTVを付けました。


耳に飛び込んできたのは「大津波警報...宮城は6m」「至急高台へ非難してください!」


なに??6mってどんな津波?


自宅は海岸で海から3kmはあるので津波は大丈夫だろう...。


でも妻、子供は大丈夫かな....。大丈夫であって欲しい....。



3分位揺れたでしょうか...。


揺れが少しずつ小さくなってきたので、事務所内の身の回りを片付けながら電源コンセントを全て抜き、


火の始末も確認。


とりあえず解散しましょう!ということでスタッフ5名は解散しました。


14:55分ころ


スタッフを送りながら自宅へ。


妻も気になるけど、子供も気になる。


携帯に電話しようと思ったけどやっぱりこんなときは全然つながりません><


あきらめながら車を運転。


余震が続く中、スタッフの自宅へ。


こんなときはラジオ!と思い出しすぐラジオ。


「宮城県沿岸部の津波警報は10m以上です!至急高台へ非難してください」


まじぃ.............!!!!!!


瓦やブロックを避けながらの運転。


国道4号線は停電のため、信号も消えています。


これはかなりヤバイな...。


15:10分ころ


スタッフの自宅に着く。


海岸より2k位の場所。


家族の方がいたので挨拶をしながら別れました。


15:20分ころ


その近くに祖母宅があり、祖母が心配でした。


祖母は叔父とともに目の前にある畑のハウスの中に居ました。


安心した...。


安否を確認した後自宅へ。


今思えば...それから家に付くまでの間、周りの風景なんか全然見てなかった。


子供は学校だったっけ?そうならば学校は大丈夫かな...。


妻への携帯は全然つながりません。


とりあえず家に戻る。


15:30分ころ


家は敷地内に2件建っている。


自宅は妻と子供と自分。


隣は父と母と妹が住んでいます。


父、母、妹と会って怪我が無いか確認。


その直後妻との携帯がつながる。


「今から帰ろうと思うけど、道路が込んでる」

「歩いて帰ろうかな...」と


「帰れそうだったら気をつけて帰ってきてね」


妻の働き先は宮城野区で仙台港から1k前後。


「くれぐれも気を付けて」

と話すと電話は切れてしまいました。




自宅に入ってみると....。


ヤバッ...。


チラッと見渡し、足の踏みどころも無い中からコートを取り出す。


「○○は?」と子供が帰ってきたかどうか母に聞くと、未だだということ。


小走りで学校へ。


15:35分ころ


学校への途中で保護者が子供達を連れて下校しています。


まだ学校だったんだ...。


校庭に子供達が避難していて先生方が保護者に引渡しをしています。


とりあえず子供の所へ...。


子供は自分の顔を見るなり号泣...もう直ぐ卒業なのに...(笑)


何人かの子供たちも寄ってきて「凄かったよぉ...」なんて。


ホットしたのもつかの間で子供を連れて自宅へ。


すぐに自分だけ学校へ戻る。



途中、妻と電話がつながる。


「会社から出たんだけど...途中の川が氾濫しそうなくらい濁流だった」

「橋を超えたら、渋滞はたいしたことがなくなってきた」


そんな時に....


そういえば津波警報出てたんだ...って思い出しました。


でもどこまで津波が来るやら検討もつかない。



とりあえず学校へ着く。



15:45分ころ



未曾有の大災害はこれからだったということには未だ気付かなかった。


続く。