年末から毎日、我が家は揺れています。


震災の影響で隣の家を取壊ししてるんです。


やっと今日で終わりそう。



そういえば...雪。ビックリしました。


朝カーテンを開け、積もった雪を見ながら「誰?」って思った。


「誰?」ってことも変だけどね。




そういえばパート2。


「子供に干支で猫年はないのか?」って聞かれました。


「猫 干支」検索すると面白い昔話が出てくるんですね^^



さぁ、仕事仕事。


どうもこうも...新年を迎えてしまいました。


今年は良い年になりますように...。



とりあえず...厄払いに行かないと。

寒いっす。


引っ越します!

名古屋に!

荷造りで忙しい...(涙)































って夢みました。


起きた時、ここどこだっけ?


って思った。



なぜ名古屋?...わからん(笑)

※初めて見た方は前のブログから読んでね。この記事みてもわからないと思うので^^


奇妙なことが書いてあった...。


○月○日 「今日は何もなし」

○月○日 「とくに用事がない」

○月○日 「なにも無い日」

○月○日 「用事がない」

○月○日 「今日は家に居る日」




こんなことが書いてあって涙が出た。




じいちゃんは毎日、孫の声が聞きたくなってウチに電話をくれたり、


用も無いのに自分を家に呼んだりしていた。



そのときに必ず聞かれた言葉があった。



「今日はなにかすることがあったかな?」



自分は面倒だと思い「今日は特にないよ」とか「今日は家に居る日でしょ!」


ってな感じで適当に答えていたんだ。


それの答えをじいちゃんは大切な手帳に書き込んでいた。



なぜそれがわかったかというと...。




○月○日 「今日は■■■が家に来る予定」って書いてあった。(■■とは孫の名前)


亡くなる数日前だった。


この日は忙しい日で結局子供を連れて行けなかった。



病院で息を引き取るときには意識も無く、最後に交わした言葉も覚えていなかった。




それから7年目か...。





ページェントの並木道からもう外れていた。


ところどころにある街灯の薄暗い路地、早足で帰るビジネスマンに追い越されながら


バス停を必死に探していたw



結局、バス停は見つからず、始発のバス停まで歩いた。


バス時刻表を見てさらに驚いた。










あと一時間は来ないんじゃん....涙





ヘッドフォンからはコブクロの「ブルーバード」が流れていた。




青い鳥はどこだよ~ 幸せの青い鳥は......寒い。




家に着いたのは仕事が終わってから2時間半後だった。

久しぶりに仕事でバス通勤。


朝はバスで寝れるんで意外に好きです。


「おはようございます^^」


地元民なので誰かと会います。



帰りもバスにしました。


一つ先のバス停で乗ると座れるので少し歩くとドコモSHOPがありました。


待ち時間があったのでドコモSHOPへ。


自分「お兄さん。このスマホいつ入荷するの?」


店員「いや~。わからないんです。今月中旬かと思いますが...」


自分「そんなこと言ってホントはわかってるんでしょ....」


店員「それがわからないんです...」


自分「そんなこと言ってると他のスマホ買っちゃうかな~って思うよね」


店員「そんなこと言わないでくださいよ~」


店員の前職がなんとなくわかってしまいました(笑)



冷やかししてから12月号のパンフ貰って店を出ると、道路が込んでる。


いっそもう一つ先のバス停までと思い歩くと、


定禅寺通り。光のページェントやってた。


バスに座って乗りたいと思っただけなのに...(涙)


結局一人ページェント。


たまに釣り ときどき草野球


人ごみの中、じいちゃん(祖父)のことを思い出しました。


この前七回忌法要をしました。


気骨ながら優しいじいちゃんでした。


80半ばでこの世を去ってしまいましたが、


自分にとってはオヤジのような存在。


小さい頃に訳があって祖父と祖母の家で自分は育ちました。


朝は毎日漬物と目玉焼きとご飯。


夜は自分の好物のローテーション。


孫が可愛いかったのか、中学生の反抗期のときはとても嫌だった。


今の言葉で言うと「ウザイ」ってことかな。


じいちゃんは単身赴任で働いていて月に1回だけ家に帰ってきます。


帰ってきたときは少し前で言う「アッシー君」です。


自分の都合良いようにお小遣いを貰ってました。


社会人になると一人で生活するようになり、少し疎遠になった時期もありました。



社会人になり少し落ち着いた頃、小さい頃を思い出し、心配して電話をくれる祖父と祖母の家に


遊びに行くようになり親孝行をしようと思い始めました。



そんな時にじいちゃんは亡くなってしまいました。


いつかは居なくなってしまうこともわかっていました。


仕事人だったじいちゃんは大切さを教えてくれました。


朝は日経新聞。テレビはNHK。朝は早起き。酒もタバコも女も無し。


真面目。真面目。真面目。


じいちゃんは毎日ビジネス手帳をに記録をしていました。


そん時は何を書いているかわからなかった。




じいちゃんが亡くなってから相続やなにやらでいろんなものを調べました。


手帳は20冊くらいあったかな....。(ポケットサイズで小さい鉛筆付きが好みだったようです)


古い手帳には株の記録がありました。


定年してからやってたんだ...毎日9時から11時頃まで証券会社の人と電話してたっけ。


亡くなる2年前から亡くなる直前までは株はやってなかったようだ。


字も汚くて「か弱く」なってた。


亡くなる年の手帳に少し奇妙なことが書いてあった....。












もったいぶる訳ではありませんが、書き疲れたので続きはまた書きます。


ってか一人ページェントはどーなってんの?


2つ先のバス停まで歩ってる途中だし...(笑)