10年前の僕へ。




君は、知らない事が、あまりにも多すぎる。


例えば、他人との関係について。




他人に対しては、自分の想いを、


押し付けるだけ、押し付けて、


通ればラッキー、通らなければアンラッキー、


そんな、陣取り合戦のような、他人との関係は、


どうやら卒業したらしいな。





が、それではイケない、と気付いたのはいいが、


次に取った手段である、


ともかく相手に合わせていく、という戦法、


それをやっていても、


表面的には、人間関係がうまくいっているように見えても、


あまり心地は良くないだろう?


他人と関わっていても、あまり楽しく感じないだろう?




それはな、常に、他人の価値観や気分に合わせて、


自分を演じようとしているから、


自分の本音や本心を、表に出せなくなっているから、


実は、自分自身を、犠牲にしてしまっているからだぜ???





だから、うまくやっているようでいて、


実は、自分自身を苦しめることになる。



他人のために、イイ人を演じているつもりだろうが、


自分を偽ることは、


他人にとっても、自分にとっても、


好ましい価値を生まないし、


実は、案外、ムカつかれてたり、するものなんだぜ?



それを、君は、全く知らないようだ。




他人との関係、っていうのは、


お互いが、尊重し合えるのが大事で、


お互いなんだから、自分も尊重する必要があるわけだ。



どちらかが犠牲になっていては、


両者にとって、好ましい関係は、築けないんだ。


世間では、Win-Winとも言われている。



どちらか片方に、極端に利益が偏ってしまっては、


いずれその関係は、崩壊してしまう。



なので、


自分の意見を、強引に通すのでもなく、


相手の意見を、全て受け入れるのでもなく、


お互いの意見を、全て出し合った上で、


お互いに受け入れられる所を、確認しあいながら、


お互いが納得しあえる形を、常に形成し続けることで、


好ましい関係が、築かれていくものなんだぜ?




・・・そして、常に、


お互いが、許容しあえるとも限らない。


常に、お互いが、分かり合えるとも、限らない。



どうしても、意見が折り合わない、そういう時には、


『離れる』という選択肢を、選んでもいいんだぜ?



離れる、つまり、決裂するという事でもあるが、


そこに、罪の意識を感じる必要はない。


それは、どちらかが犠牲になるくらいなら、


離れるという選択をすることが、


お互いの為であるからだ。



自分の本音を、尊重して、


相手の本音を、尊重した上でなら、


折り合えなかったという結論自体、


それは、致し方のないこと。



人間の価値観は、多種多様なので、


折り合えないというのは、ごく自然な現象でもある。



折り合えなかったから離れる、というのは、


自分が関わるに相応しい人を、


自分で選ぶという、積極的な行為だ。



悔やむ必要も、嘆く必要もない。


出逢いがあれば、別れもある。



その時、その時に、


必要な人と、縁が繋がっていくから大丈夫だ。



他人と意見が合わず、衝突しても、


折り合えなかったとしても、


怖がらなくても大丈夫だ。



自分で、自分の意見や感情に、


常に責任を持つ気持ちでいられれば、


君に味方してくれる人も、必ず現れるし、


君が関わるに相応しくない人は、


自然と離れていくものだ。