紫苑の扉 -26ページ目

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 ようやく千夏の元に原稿が戻ってきた。あれほど探し続けていたものが目の前にある。正次が殺された時からずっとこの原稿の行くへを探し続けてきたのだが、思いもよらない形で戻ってきた。
正次は自分の身に何かあった時のことを考え北島舞子に原稿を預けた。彼女は正次の頼みに困惑しながらも引き受けた。さらに、正次はその原稿を読むよう舞子に進めたという事だった。正次がどういう理由でそんな事をしたのか千夏には理解に苦しむところだが、分かっているのはこの原稿を正次が守ろうとしていたことだけだ。
 千夏は地下駐車場で一条が何者かに襲われそうになった出来事をきっかけに小説を一気に書き上げる。その小説は水死体で発見された男性と川久保の妻子殺害事件が結びついていると仮定して書き上げた。
千夏はできるだけ早く出版したいという強い思いと、そうしなければならないという緊迫した思いにとらわれていた。
 そんな千夏に対して、正次は二つの事件を基に小説を書くと聞き猛烈な勢いで反対した。それはニュースで取り上げられ世間の注目を浴びている事件だけに、この小説が実際に起きた事件を元に書いていると分かれば、犯人を刺激する可能性もあると正次が考えたのだ
 確かに事件は捜査段階で解決には至っておらず、第一発見者である千夏にも危険が及ぶ可能性は否定できない。千夏だけでない身近にいる大切な人たちにも危険が及ぶかもしれなかった。現実に彼が言う通り、すでに友美が何者かに襲われるという出来事が起きていた。
 千夏の周りで恐ろしい出来事が立て続けに起きている。それを考えると千夏は怖かった。正次が殺されたうえに、一条や千秋までも危険な目に遭っているのだから。
 こうして原稿を目に前にすると考えてしまう。ここで起きた三つの殺人事件や一条の殺人未遂事件は、何かの形で結びついているのではという考えに辿り着くのだ。さらに彼がこの部屋で殺された理由が、この原稿と関係しているのではないかと・・・。
 正次が原稿を舞子に預けたのは、この原稿が他の誰かに渡らないようにする為と考えるのが自然な気がする。しかし、この原稿の存在を知っているのは妹たちを除くと舞子だけだ。他は誰も知らないはず・・・。そうするとこの原稿は重要ではないという事か・・・。千夏は再び原稿を読み始める。必ずこの中に正次の重要なメッセージが残されていると信じて・・・。

 千秋はカーテンを引き窓越しに夜空を見上げる。深い暗闇の中で星が輝き、明るい月は幾つもの光の輪を放っていた。
 川久保が沢田邸に滞在していることを一条は黙っていた。その上すでに神尾刑事もそのことを知っている。沢田会長は川久保を自宅に呼び寄せ何をさせようとしているのだろう。
 沢田グループ内で何か問題があって川久保に調べさせているというが、顧問弁護士は一条と大沢もいるのに、川久保まで引き入れるなんて変な話だ。沢田会長が体調を崩し、一条が代理を務めていることは知っている。だから川久保は一条の代わりに働いているという事か・・・。しかし、沢田会長は川久保の身を案じて自宅に呼んだという感じだった。
 千秋は城山出版の封筒に入っていた栞を手に取る。千夏の渡すつもりだったのに、バックに入れたまま渡しそびれてしまった。でも、この栞を見ていると何故か落ち着く、『きっとこの絵のせいね・・・』などと考えながら千秋は再び栞をバックに入れた。
 川久保の身の安全は確保できた。それに、北島舞子親子も一緒だ。それなのに千秋は不安な気持ちを拭えなかった。事件の真相も犯人も分からないまま、ただいたずらに時間が過ぎていく。それがひどく千秋はじれったかった。

 友美が働くフラワーショップは朝から客足が途絶えることなく忙しい。慌しくしているうちに昼時は過ぎてしまった。二時になってようやく夫である園田が作ったお弁当を食べる。いつもお弁当を自分で作るのだが、今日はめずらしく園田が友美の為に作ってくれた。
 遅いお昼を取る事になったのは訳がある。店には二人の従業員が働いているのだが、今日は二人とも事情があって休んでいる。その上、相場もほとんど店にはいないため、一人で接客しなければならなかった。
 相場は千夏とのあの一件があってから様子がどうもおかしい。千夏と会っている様子もないし、そのせいなのかはわからないがひどく口数か少なくなってしまった。店舗を増やすという話も、農園の事についても一切触れないようにしているようだった。
 頭を冷やす必要があったとしても、いくらなんでも時間がかかりすぎではないか。それに、相場さんに非があるとしても、千夏さんにも責められるべきことはある。喧嘩両成敗というではないか・・・。要らぬお節介かもしれないけれどいいかげんにしてほしい。
 千春に電話をかけてみると、千夏はいつもと変わらないという。しかし、緑から聞いた話からすると、相場と会った後すぐに千夏がふらりといなくなったということだった。
 千夏さんの性格からして、気持ちの切り替えが必要だったに違いない。それに、今までもふらりといなくなる事など珍しくもない。大概、気まぐれにひょいと戻ってきて、何事もなかったように執筆モードに切り替えてしまう。彼女の性格を分かっている人間なら承知の事実・・・。
 フラワーショップの駐車場に対照的な白と黒の二台の車が止まった。最初に来た車の運転席から背の高い男が出てくると後部座席のドアを開けた。高級車とそれに見合った高級そうなスーツ姿の男が出てくると、深々と頭を下げる男に構わずさっさと歩き出す。
 友美は店に入ってきた男の客に気付くと、カウンター越しに笑みを浮かべた。高級そうなスーツ姿のその男は曖昧な笑みらしきものを浮かべている。男の胸にはバッチにダイヤのネクタイピンが光る。嫌味なほど金持ちの匂いを漂わせる風貌の男だった。
「相場さんはおられるのかな?」
「今出ていますが・・・」
「近くに来たついでに寄ってみたのですが、不在とは残念な事だ」
「すいません。相場に何か伝言はございます?お客様の名前を窺っても?」
「ああ、これは失礼」男は名刺を差し出す。
「お預かりします」友美は名刺を見て覚えのある名だと思った。
「今度新しくできる駅前のショッピングモールにこのフラワーショップを移転すると言う噂がありますがご存知かな」
「いえ。そんな噂があるなんて初耳です」
「浅井由香里さんと頻繁に会われている様子ですが」
「それが何か・・・」友美は怪訝そうに眉を上げる。
「相場さんもそのショッピングモールに店舗を構えようとしているらしいね。彼女は彼に特別な感情を持っているようだ。彼女はホテルのオーナーでもあるから資金面で彼をサポートしていくというわけだ。それに沢田グループも少なからず絡んでいるようだし」
 駅前に商業施設を建設する計画が沢田グループを中心にすでに始まっているが、
「何故、沢田グループが絡んでいるというのですか?」
「私は弁護士です。お分かりかな?」
「あなたは一体・・・」友美は頭の中で考えを巡らす。
「相場さんは福山千夏さんともお付き合いがあるようで・・・。いや、それはともかくとして、私は沢田グループの顧問弁護士でもありますが、問題が何かあればご相談に・・・」
 相場を不誠実な男に仕立てようと目論んでいるのか、大沢の発する言葉の全てに悪意が満ちている。言葉巧みに相手の不安を呷り弱点を突くことなど大沢には簡単な事だった。しかし、そんな大沢の前に予期せぬ人物が・・・。
「沢田グループの顧問弁護士の大沢春直さんではありませんか・・・」
 男が驚いて振り返ると、そこには城山出版編集者である浅井卓也が立っていた。
「君は・・・」
「私は城山出版の浅井卓也です。妹とここで会う事になっていたのですが、まだ来ていないようですね」
「あの・・・」友美はただ困惑して浅井を見つめるばかりだった。
「大沢弁護士はお花を買いにいらしたのですか?」
友美にはこの男に花など似つかわしくないと言いたげな浅井の口調に、侮蔑が込められているように聞こえた。何がどうなっているのか分からないが、友美は浅井という男がいいタイミングで現れた事にほっとしていた。
「相場さんに会いにいらしたそうですけど・・・」
「いや、たいした用では・・・」大沢も浅井の登場にただ面食らっていた。
「そうですか・・・。大沢弁護士は私の妹とは面識がおありかと・・・」
「レストランデンファレのオーナーである浅井由香里さんでは・・・」
「お噂はかねがねうかがっています。これからもお付き合いを願いたいものです。大沢弁護士」浅井は大沢に握手を求めるように手を差し出す。
顔は笑っていても、浅井の目は冷めていると友美にはそう見えた。大沢は少しずつ冷静さを取り戻し浅井の手を握り返す。
 大沢は相場によろしく伝えてくれと言い、後ろに控えていた男たちを従えて店を出て行った。










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