紫苑の扉 -14ページ目

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 朝から昼過ぎまでかなりの雨が降っていたが、仕事を終えて通用口を出る頃には雨が止んでいた。
 外へ出ると村田祥子が美紗子を待っていた。
「遅いわよ。十分以上は待ったわ」
「すぐには出られないと言ったでしょ」
「みんなが待ちくたびれているから早く行きましょう」
 美紗子は村田祥子と共に、同期に入社した仲間が待つ居酒屋へ向った。河内幸子の葬儀に出席した帰りに、祥子が同期会をしようと提案していた。気が進まない美紗子は理由をつけてずっと引き伸ばしてきた。それに、ジュニアが戻ってから美紗子はそれどころではなくなったけれど・・・。
 同期入社した仲間といっても、半数以上はほとんど付き合いがない。中には結婚してすでに会社を辞めている者もいたし、配属場所もばらばらで、顔は知っていても名前が分からないことも多かった。結局今回集まったのは十人ほどだった。それも全員女性だ。
 話題はもっぱら社内での色々な噂話ばかりだ。美紗子は食べ物をほんの少し口に入れ適当に調子を合わせる。できるだけ噂話が自分のことに及ばないよう祥子には釘を刺していた。だが、その望みはあっけなく破られ、祥子がうっかり口を滑らせた。
「この中で一番の出世頭は安藤よね」
「そうそう、なんと言ってもジュニアの秘書だもの」
 美紗子はうんざりしたように祥子の方も見た。祥子は顔を顰めてすまなそうな顔をした。だが、同期たちはそんな二人にお構い無しで、自分たちの好奇心を満たそうとする。
「安藤が秘書になったって聞いたときは本当にびっくりしたわ」
「年末に行われたパーティーでジュニアと一緒だったって皆が噂していたし・・・。本当だったんだ」
「あれは、成り行きで・・・」祥子はその場を上手くまとめようとするが・・・。
美紗子は椅子から立ち上がる。
「悪いけど、先に帰るわね」
「まだ始まったばかりじゃない。もう少し・・・」
「また今度ゆっくり話しましょう。すぐに帰るつもりだったし、約束があるから帰らせてもらうわね」
 美紗子はさっさとテーブルを離れた。祥子は美紗子の後姿を見つめて、自分のしくじりを恨めしく思いながら同期生に言い訳するしかなかった。
「そうなのよ。私が無理言って来てもらったの、ちょっとでいいから出てほしいって・・・」
 皆不満そうな顔をしている。だからと言って祥子が彼女たちの興味を満足させる材料は一つも持ち合わせてはいない。それに、美紗子がなぜ高藤の秘書になったのか、祥子でさえその経緯をまったく知らない。そして、何よりことの真相を一番知りたいのは祥子かもしれない。
 彼女たちが色々知りたがるのは無理もないことだが、自分の身に起きた事をあれこれ詮索されるのはうんざりだ。好き好んで話題を提供しているわけではない、噂さが勝手に一人歩きして的外れな話に尾ひれがつく。
 来るのではなかったと、美紗子は後悔していた。こうなる事は分かっていたのに、祥子の誘いを断れなかった自分が悪いのだ。外に出るとむっとする空気が満ちていた。時折生温い風が吹いてくる。それが余計に美紗子を滅入らせていた。美紗子は重い足取りで家路に着いた。

 無造作に靴を脱ぎ捨て、ベッドまで行くとバックを放り投げる。一刻も早くさっぱりしたいと、着ていたものを脱ぎ捨ててシャワーを浴びる為に浴室へ向う。美紗子は蛇口を捻って、勢い良くシャワーを浴びると心身ともにほぐれていくのが分かった。
 疲れすぎて考える事もおっくうで、何もかもが気に食わない。周りを気にしすぎて、何をするにも空回りしている。小さなことで苛立ち、落ち込んでは開き直る、その繰り返しで自分が情けなくなる。こんな気分になるのは心の余裕がないからだ。
 他人がどう考えようが気にしないと思いながらも、やはりどうしてもまわりの目を気にしてしまう。そういう矛盾したジレンマに陥ってしまう。
 ベッドに入って目を閉じても、目が冴えて眠れなかった。眠るのをあきらめると起き上がりキッチンで温かい紅茶を入れた。美紗子がゆっくりと紅茶を味わっていると、ふと槙野から言われた事を思い出した。
『何をそんなに焦っている。少しは肩の力を抜いたらどうだ。今のままでは何をやっても、気持ちだけが先走って息が続かなくなる。噂にいちいち振り回されて、一歩も進めず空回りしているに過ぎない。人目を気にして右往左往している君は滑稽だ。流れに逆らうばかりでは無駄な労力を使うだけで自分の為にはならない。一度は立ち止まって冷静になれ、そうすれば何か見えてくるかもしれない』
 美紗子は槙野の言葉にむっとしたが、秘書になってからずっとめまぐるしく次々に起きる出来事に振り回されていた。それは自分に何が起こっているのか分からずおろおろしていたからだ。予想のつかない展開に抵抗しようとしている。彼はそれを見抜いていた。
 私は何の変化もない単調な日々を送る事で満足していた。だからといって物事全てが、自分にとっていい方向へと向っているかどうか、ということは不確かで自信はなかった。トラブルを避けるために、極力目立たないように、人とはある程度距離を置いて、あまり深く関わって面倒な事に巻き込まれないようにしてきた。今も淡々とした日々、厄介ごとに巻き込まれることなく平穏な日々を望んでいる。だが、今はそれとは程遠い日常を送っている。
 槙野の言う通りかもしれない。他の人が何を言おうと自分を見失わなければ、いたずらに心を乱されて、いちいち些細な事を気にして振り回されない。全て順調に行くと思うのは間違いだ。多少のことは軽く受け流すぐらいの余裕を持つべきかもしれない。美紗子は紅茶を飲み終えるとベッドに入った。
 
 わずかに開いたカーテンの隙間から朝の光が差し込んでくる。すでに目を覚ましていた美紗子は思わず微笑んだ。焦る事はない、今日はのんびりとしていられる。そう思うと嬉しくなる。昨日の憂鬱な気分も、まるでなかったかのように、心穏やかに目を覚ますことができた。慌しい毎日と緊張感から開放された。こんな気分は久しぶりだ。入れたてのコーヒーを飲む。
 さて、洗濯をしてから部屋の掃除をしよう・・・。そう思ったのに、無情な事に携帯が慌しく鳴り出した。
 いったい、誰よ。なんだか嫌な予感がする。案の定、伯父から呼び出しだ。
「伯父さん?」
「美紗子元気にしているか?」
「ええ、すこぶる元気よ。でも、急に電話してくるなんて何事?」
「何事はないだろう?久しくお前の顔を見ていないぞ。それに、槙野君とはどうなっているんだ」
 やれやれ、勘弁してほしい・・・。今はその名前を聞きたくない。伯父さんの口からその名前が出るとろくなことはない。伯父は何か企んでいるに違いない。
 結局、のんびりする計画は伯父によってあっけなく阻止された。その上、槙野が迎えに来るという。美紗子はあわてて洗濯をする羽目になる。洗濯機を回しながら化粧をして服を着替え、槙野から電話が来る頃には洗濯物を干し終えた。

 車に乗り込んだ美紗子は、後部座席にいる高藤を見て飛び上がらんばかりに驚いた。まるで、悪夢を見ている気分だった。地雷を踏んだ?美紗子は怯えたように槙野を見て、どういうことという視線を向ける。槙野はただ首を竦めるのみであった。美紗子はどっちが時限爆弾よ、と小さく呟いた。
「槙野さん、すみません。伯父が勝手に・・・」美紗子はちらりと後方席を見る。
「いや、構わないよ。君の伯父さんと会うのも久しぶりだから、私は楽しみだよ」
 槙野が後方席の方に向かってこれ見よがしに言うと、今度は後部座席から馴染みの低い声が返ってくる。
「槙野、私を差置いて自分だけいい思いをするって言うのはどういうことだ」
「君の許しがいるとは知らなかったよ」槙野は苦笑しながら応える。
「親友と酒を飲もうと誘えば、私の誘いより大事な用事があると、ぬけぬけとよく言うぞ。まあ、これなら許すとしよう」
「高藤、調子のいいことを言う。だが、うっかり口を滑らせた私が悪い」
 伯父さんはこともあろうことか、よりにもよって二人が一緒にいる時に電話をかけてしまった。間が悪い、なんていうものではない。
「口を滑らせただと?いやいや私にとっては、いい時に居合わせてよかったと思ったね。槙野から君の伯父さんの名前を親しげに、口にするのを何度か聞いたことがある。いつかは会ってみたいと思っていた」

    それにしても、なんで・・・
    
    とんでもないおまけまでついてきた。どういうことよ。これって!

    ああ(嗚呼)・・・・。もう勘弁して(悲鳴)!


















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