河内幸子が亡くなって一ヶ月が経つが、彼女を自殺まで追い込んだ理由はわからないままだ。彼女の手紙にも自殺の理由について一切触れられていないことも気になる。結婚を目前にして自殺するなんてどう考えてもおかしいではないか。
クローゼットから黒い光沢のあるバックを取り出す。それは河内幸子から託されたもので、会社のロッカーから持って帰ったものの、そのままクローゼットにしまい込んでいた。このバックに何が入っているのか想像もつかないが、彼女の手紙によるとパスワードを示すヒントになる物が入っているらしい。
“そのバックはあなたが窮地に立たされた時に、貴女を助けてくれるアイテムになるはずです。それだけでなくパスワードを示すヒントでもあるので、失くさないようにくれぐれも注意してください”
彼女の手紙の内容はどこか腑に落ちない点が幾つかある。彼女の言う秘密とは何を意味し、誰の秘密なのか。そして、美沙子が窮地に立たされるとはいったいどういうことなのか・・・。何よりも彼女の死とその秘密とどう関係しているのかさえもわからない。
自分が窮地に陥るって、どうしたらそうなるというのかしら・・・。その時が来たらとはいつのこと?彼女と共通することといえば、高藤デパートの社員であることだけでそれ以外に共通するものなどない。手紙の中にある秘密とは、高藤デパートが関わっているとでも言うの?
彼女が亡くなってから今に至るまでその問答を繰り返してきた。正直なところうんざりしていた。どう考えても頭を捻っても堂々巡りで、結局は何の答えも出てこない。だが、ただ問題を先延ばしにしていると自分でも良くわかっていた。この先に起こる何かが自分を脅かすような予感がして怖いのだ。だから、彼女のロッカーにあったバックの中身を確かめる勇気がない。
今のところいつもと変わらない淡々とした日々が続いている。自分の身に危険が差し迫っているとは思えないし、自分に関わる大きな出来事(悪いことや不吉なこと)も起きてはいないし、むしろ刺激的なことが起きてほしいくらいだ。
何も起きないことは喜ばしいことなのに、なんと言う不謹慎な!でも、何も起きなければ何の問題もないのよ。そうよ、きっと何も起きないに違いないわ・・・。
美紗子はクローゼットから出した黒いバックを掴んでまた元に戻した。眠れる虎をわざわざ起こす必要もない。このまま何も起きなければ、すべてがただの危惧に過ぎないとなれば彼女も安らかに眠れるに違いないから・・・。しかし、それは一時しのぎの気休めに過ぎない。それは美紗子にも良くわかっていた。
彼女がわざわざこんな手の込んだことをするには必ず理由がある。秘密が秘密のままで終わらず露見する。そして、いつか眠れる虎も目を覚まし、牙をむき出しにして襲い掛かってくる。そんな予感がして美紗子は不安が拭えなかった。
クローゼットから黒い光沢のあるバックを取り出す。それは河内幸子から託されたもので、会社のロッカーから持って帰ったものの、そのままクローゼットにしまい込んでいた。このバックに何が入っているのか想像もつかないが、彼女の手紙によるとパスワードを示すヒントになる物が入っているらしい。
“そのバックはあなたが窮地に立たされた時に、貴女を助けてくれるアイテムになるはずです。それだけでなくパスワードを示すヒントでもあるので、失くさないようにくれぐれも注意してください”
彼女の手紙の内容はどこか腑に落ちない点が幾つかある。彼女の言う秘密とは何を意味し、誰の秘密なのか。そして、美沙子が窮地に立たされるとはいったいどういうことなのか・・・。何よりも彼女の死とその秘密とどう関係しているのかさえもわからない。
自分が窮地に陥るって、どうしたらそうなるというのかしら・・・。その時が来たらとはいつのこと?彼女と共通することといえば、高藤デパートの社員であることだけでそれ以外に共通するものなどない。手紙の中にある秘密とは、高藤デパートが関わっているとでも言うの?
彼女が亡くなってから今に至るまでその問答を繰り返してきた。正直なところうんざりしていた。どう考えても頭を捻っても堂々巡りで、結局は何の答えも出てこない。だが、ただ問題を先延ばしにしていると自分でも良くわかっていた。この先に起こる何かが自分を脅かすような予感がして怖いのだ。だから、彼女のロッカーにあったバックの中身を確かめる勇気がない。
今のところいつもと変わらない淡々とした日々が続いている。自分の身に危険が差し迫っているとは思えないし、自分に関わる大きな出来事(悪いことや不吉なこと)も起きてはいないし、むしろ刺激的なことが起きてほしいくらいだ。
何も起きないことは喜ばしいことなのに、なんと言う不謹慎な!でも、何も起きなければ何の問題もないのよ。そうよ、きっと何も起きないに違いないわ・・・。
美紗子はクローゼットから出した黒いバックを掴んでまた元に戻した。眠れる虎をわざわざ起こす必要もない。このまま何も起きなければ、すべてがただの危惧に過ぎないとなれば彼女も安らかに眠れるに違いないから・・・。しかし、それは一時しのぎの気休めに過ぎない。それは美紗子にも良くわかっていた。
彼女がわざわざこんな手の込んだことをするには必ず理由がある。秘密が秘密のままで終わらず露見する。そして、いつか眠れる虎も目を覚まし、牙をむき出しにして襲い掛かってくる。そんな予感がして美紗子は不安が拭えなかった。
「何を考えている」
「え?」
「え?じゃないだろう。人が話しているのに上の空とはどういうことだ」
美紗子は伯父に呼び出されてレストランへ来ている。せっかくいい男を紹介したというのに、急に約束があることを思い出したと言ってそそくさと逃げ出した美紗子に怒っているのだ。お説教が長くなることは覚悟の上。だから聞き流して、嵐が去るのを待とうと思っていた。それが甘かった。
「彼は大人だから、お前の失礼な態度にも寛容だ。しかし、私の面目は丸潰れ・・・。いったいどういうつもりだ」
「伯父さん、やめてよ。人に黙っていきなり男の人を紹介するなんてことは」
「紹介したい人がいると言えば断るだろう。だからぶっつけ本番のほうが・・・」
「ぶっつけ本番?なんていう言い草なの」
「お前のことを思うからこそ・・・」
ほら、始まった。今度は泣き落としかしら?美紗子は心の中で皮肉る。
「聞いたぞ。高藤デパートの女子社員が自殺したそうじゃないか・・・。それも、お前の同期で、結婚を控えて・・・」
「その話はやめて・・・」
いつもならやんわりと交わす美紗子だが、この時ばかりは思わず声を荒げていた。今はそのことについて触れられたくない。
「そういうことを引き合いに出すのはやめて」
「どういうことだ。その女性はお前と親しかったのか?」
「誰から、その話を聞いたの?それも、どうして私の同期だと?」
「私が聞いているのに・・・」
「彼女とは入社当時親しかったのは確かよ。でも、そんなことをなぜ知っているの?」
「槙野さんから聞いた」
「槙野さんて?」
美紗子の伯父は呆れたように、この間連れてきた男だと言った。
そんなことあるのだろうか。あの時初めて会った人がそのことを知っているなんて・・・。
「槙野君がもうすぐ現れるはずだから聞いてみるといい」
伯父はちょっとやそっとではあきらめない性格だと心得ておくべきだった。美紗子は観念したように溜息を吐いた。
「今度は、その手は通じないぞ・・・」美紗子の伯父はにんまりと笑った。
「はい、ハイ。わかりました。伯父様」
「え?」
「え?じゃないだろう。人が話しているのに上の空とはどういうことだ」
美紗子は伯父に呼び出されてレストランへ来ている。せっかくいい男を紹介したというのに、急に約束があることを思い出したと言ってそそくさと逃げ出した美紗子に怒っているのだ。お説教が長くなることは覚悟の上。だから聞き流して、嵐が去るのを待とうと思っていた。それが甘かった。
「彼は大人だから、お前の失礼な態度にも寛容だ。しかし、私の面目は丸潰れ・・・。いったいどういうつもりだ」
「伯父さん、やめてよ。人に黙っていきなり男の人を紹介するなんてことは」
「紹介したい人がいると言えば断るだろう。だからぶっつけ本番のほうが・・・」
「ぶっつけ本番?なんていう言い草なの」
「お前のことを思うからこそ・・・」
ほら、始まった。今度は泣き落としかしら?美紗子は心の中で皮肉る。
「聞いたぞ。高藤デパートの女子社員が自殺したそうじゃないか・・・。それも、お前の同期で、結婚を控えて・・・」
「その話はやめて・・・」
いつもならやんわりと交わす美紗子だが、この時ばかりは思わず声を荒げていた。今はそのことについて触れられたくない。
「そういうことを引き合いに出すのはやめて」
「どういうことだ。その女性はお前と親しかったのか?」
「誰から、その話を聞いたの?それも、どうして私の同期だと?」
「私が聞いているのに・・・」
「彼女とは入社当時親しかったのは確かよ。でも、そんなことをなぜ知っているの?」
「槙野さんから聞いた」
「槙野さんて?」
美紗子の伯父は呆れたように、この間連れてきた男だと言った。
そんなことあるのだろうか。あの時初めて会った人がそのことを知っているなんて・・・。
「槙野君がもうすぐ現れるはずだから聞いてみるといい」
伯父はちょっとやそっとではあきらめない性格だと心得ておくべきだった。美紗子は観念したように溜息を吐いた。
「今度は、その手は通じないぞ・・・」美紗子の伯父はにんまりと笑った。
「はい、ハイ。わかりました。伯父様」
伯父から紹介された槙野仁と美紗子は向き合って座っている。槙原は初対面の時と同じように(伯父曰く)落ち着いた大人の男性という印象を受けた。紹介した張本人は仕返しのつもりか、槙野が現れると急な用事ができたと言って美紗子を残して行ってしまった。
「槙原さん、すみません。強引につき合わされたのではありませんか」
「いつものことですから慣れています」
「悪気はないとは思います。本人は至って大真面目です。姪の私を自分の娘のように大切にしてくれているのはよくわかるのですが・・・」
「憎めない人です。あなたをいつも自慢していますよ。もうずいぶん前から紹介したいと仰っていました」
伯父はいつでも思い立ったらすぐに実行するタイプだ。その伯父が、粘り強く紹介する時期を待っていたとは、たいしたものだ。だが、なにかと子ども扱いするわりには、早く結婚しろとせっつくというのは矛盾していない?
美紗子は悪あがきと思える子供じみた抵抗をしてみる。
「失礼ですけど、あなたにはお付き合いされている方がいらっしゃるのではありませんか?」
「そういうふうに見えましたか。どうしてそう思うのですか?」
予想通り質問を質問で返してきた。それにしてもこの人は幾つなんだろう。ふと、そんな疑問が浮かんでくる。容姿も悪くないのに恋人はいないのだろうか・・・。
「あなたのような方が相手に不自由されるとは思えないので」
「相手がいるのなら、こうしてこの場にはいないと思うのですが・・・」
ぎこちないこの会話は成立しているのか?美紗子にはどうしてもうまくあしらわれているような気がして仕方がない。槙原は自分をどう見ているのだろう。ぶしつけな質問をしても軽くあしらわれてしまう気がするが、たとえ生意気な小娘と思われても一向に美紗子は構わないと思った。
「一ヶ月ほど前、高藤デパートの女子社員が自殺したことをご存知ですね。伯父が言うには、その女性が私の同期だとあなたから聞いたと・・・」
「ずいぶんといきなりの質問ですね」
槙野は初対面の時と同じように余裕の笑みを浮かべている。
「良くご存知のようなので驚いています。新聞や雑誌にも載っていないことまで知っていらっしゃいますから・・・」
「質問に答える前にひとつ訂正したいのですが、私は槙原ではなく槙野です」
美紗子は相手の名前を言い間違えたことに気づいていなかった。槙野に言われて思わず赤面する。なんと言う失敗を・・・。澄ましてごまかすにはすでに遅く、もう顔に出てしまっている。
「私は高藤デパートの株主でもあります。取引もありますし、高藤デパートであなたを何度もお見かけしていました。それに河内幸子さんのこともよく知っている。質問の答えになりましたでしょうか・・・」
美紗子は呆気に取られて槙野を見つめるばかりだった。美紗子にとっては初対面でも、槙野は自分のことを前から知っていた。何よりも槙野が高藤の株主であるということに驚いている。
「高藤の後継者とは同級生でもあり友人でもあります」
なんだか頭がくらくらしてきた。伯父は一言もそんなことを言わなかったではないか・・・。恥をかかされたのは伯父ではなく、この私の方ではないか・・・。穴があったら入りたい・・・。それにしても、この人って・・・・。
「槙原さん、すみません。強引につき合わされたのではありませんか」
「いつものことですから慣れています」
「悪気はないとは思います。本人は至って大真面目です。姪の私を自分の娘のように大切にしてくれているのはよくわかるのですが・・・」
「憎めない人です。あなたをいつも自慢していますよ。もうずいぶん前から紹介したいと仰っていました」
伯父はいつでも思い立ったらすぐに実行するタイプだ。その伯父が、粘り強く紹介する時期を待っていたとは、たいしたものだ。だが、なにかと子ども扱いするわりには、早く結婚しろとせっつくというのは矛盾していない?
美紗子は悪あがきと思える子供じみた抵抗をしてみる。
「失礼ですけど、あなたにはお付き合いされている方がいらっしゃるのではありませんか?」
「そういうふうに見えましたか。どうしてそう思うのですか?」
予想通り質問を質問で返してきた。それにしてもこの人は幾つなんだろう。ふと、そんな疑問が浮かんでくる。容姿も悪くないのに恋人はいないのだろうか・・・。
「あなたのような方が相手に不自由されるとは思えないので」
「相手がいるのなら、こうしてこの場にはいないと思うのですが・・・」
ぎこちないこの会話は成立しているのか?美紗子にはどうしてもうまくあしらわれているような気がして仕方がない。槙原は自分をどう見ているのだろう。ぶしつけな質問をしても軽くあしらわれてしまう気がするが、たとえ生意気な小娘と思われても一向に美紗子は構わないと思った。
「一ヶ月ほど前、高藤デパートの女子社員が自殺したことをご存知ですね。伯父が言うには、その女性が私の同期だとあなたから聞いたと・・・」
「ずいぶんといきなりの質問ですね」
槙野は初対面の時と同じように余裕の笑みを浮かべている。
「良くご存知のようなので驚いています。新聞や雑誌にも載っていないことまで知っていらっしゃいますから・・・」
「質問に答える前にひとつ訂正したいのですが、私は槙原ではなく槙野です」
美紗子は相手の名前を言い間違えたことに気づいていなかった。槙野に言われて思わず赤面する。なんと言う失敗を・・・。澄ましてごまかすにはすでに遅く、もう顔に出てしまっている。
「私は高藤デパートの株主でもあります。取引もありますし、高藤デパートであなたを何度もお見かけしていました。それに河内幸子さんのこともよく知っている。質問の答えになりましたでしょうか・・・」
美紗子は呆気に取られて槙野を見つめるばかりだった。美紗子にとっては初対面でも、槙野は自分のことを前から知っていた。何よりも槙野が高藤の株主であるということに驚いている。
「高藤の後継者とは同級生でもあり友人でもあります」
なんだか頭がくらくらしてきた。伯父は一言もそんなことを言わなかったではないか・・・。恥をかかされたのは伯父ではなく、この私の方ではないか・・・。穴があったら入りたい・・・。それにしても、この人って・・・・。
