第40話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 「一条の両親は揃って優秀な弁護士、兄弟も両親の影響で弁護士となり、父親の弁護事務所で働いている。司法試験に合格し、司法研修を終えた彼は、父親の勧めで色々な事務所で経験し、持田優花の父親の事務所でも働いていた。持田弁護士事務所は数々の大手企業と契約し成功したことで知られ、特に彼は見事な手腕を発揮して事務所に貢献している。大沢春直という顧問弁護士がいるにもかかわらず、沢田会長が彼を顧問弁護士として引き入れているというのも頷ける。彼を顧問弁護士として引き入れた会長は、彼にはビジネスセンスがあることを早くに見出し、いずれは後継者である息子の良きパートナーとなってくれることを望んでいた。まあ、それは私の想像に過ぎないが・・・」
「経歴も問題なし、頭は切れるしルックスも良し。沢田会長のような大物に気に入られて、今では沢田グループを背負う資質もある。まったく面白味のない男だわね・・・」千秋は不服そうに呟いた。
「誰もが彼の実力を認め、今では沢田グループの後継者にふさわしい人物と目されているのに、君の彼に対する見方は厳しいな」神尾は興味深げに千秋を見た。
「重役のほとんどが沢田一族という中にあっても、彼は沢田会長に最も信頼されている。沢田グループの中で彼の存在を面白く思わない人たちもいるでしょうね。後継者候補は何人か一族の中にもいるというのに、一族ではない彼を後継者にしようとすれば不満が出てくる」
「君は彼が沢田グループを手に入れようとしていると疑っているわけじゃないだろう。彼が沢田グループを引き継ぐよう正次さんを説得したと聞いている。そんな彼が沢田グループを手に入れようとするだろうか・・・」
「私は別に彼を疑っているわけではないの。彼が沢田グループのトップになることを誰かが阻止しようとしているのではないかって疑っているだけ・・・」
「それはありえるな・・・」
「ちょっと飛躍しているかもしれないけど、誰かに脅迫されていたとしたら?」
「彼が脅迫に屈するタイプには見えない」
「地下駐車場でのあの出来事は脅しだとしたら?」
「沢田グループ内で何か起きているとでもいうのか?いくら沢田グループを手に入れる為とはいえ、そこまでやると思うのかい?」
「あの出来事が起きて、今度は正次さんが殺された。それって二つのことが結びついていると考えればおかしいことでもない・・・。それに、ライフルを構えた男は何の迷いもなく彼に銃口を向けていたわ」
「地下駐車場でのことは私も彼が狙われたと考えている。はじめは、てっきり君たちが狙いだと思っていたけれどね。むしろ君たちが偶然そこにいて巻き込まれたと考える方が妥当だと思う。確かに正次さんを説得しないようにという警告のつもりで、あの連中を雇って襲わせたとしてもおかしくはない。彼が落ち着き払っていたのも、脅しだとわかっていたのかもしれないな・・・」
「でも、一体誰が彼を襲わせたのかしら・・・」
「誰かが沢田グループを自分のものにしようとしている。これだけのことができるのはその力があり、何かの組織とかかわりがある者・・・」 
 三つの事件と結びついていると彼女は言った。ひとつは地下駐車場でのこと、二つ目は福山千夏の仕事場で起きた殺人、三つ目は川久保の妻子が殺されたことだろう。川久保の妻子が殺された事件と一条と結びつけて考えたのは、川久保と一条があのホテルで会っていたと私が教えたからだ。だが、一条がどう関わっているのかまでは彼女もわかっていないようだ。
「頭が痛くなってきたわ・・・。身内同士で争うなんて、信じられない・・・」千秋はうんざりしたように首を振った。
「そういうのは珍しいことではないだろう。人間の欲望は尽きないし、たとえ親兄弟であろうと殺してでもほしいもの手に入れようとする」
「あなたが刑事で、そういう事件を嫌というほど見てきた人だってことを忘れていたわ」千秋は口元を歪め皮肉っぽく言った。
「君は殺人事件とはまったく無縁の人だからな・・・。日々殺し合いが起きているとは信じられないだろうしな・・・」
「それで褒めているつもりです?皮肉にしか聞こえないわ・・・」
 神尾はひょいと首を竦めてにやりと笑った。だが、すぐに真顔になり冷ややかな目を千秋に向けた。
「一条氏が人殺しをする人間だと君が信じているとは思えない。それでも彼を信用できないという。事件は謎だらけで沢田グループと関わっているという根拠はどこにもなく、君が考えているのはあくまで想像に過ぎない。そこに一条という人間が居合わせたというだけ・・・」
 神尾にどう説明すればいいのだろうか・・・。彼を納得させるには、姉たちにまで秘密にしてきたことまで話さなければならなくなる。それに、脅迫状のことや鍵と栞のことを神尾は知らない。
「私には君が何か隠していることがあるという気がする。それはただの思い過ごしなのか?」
神尾の視線を避けるわけにはいかない。そうしなければ余計に神尾の疑いを深めてしまう。うまくここを切り抜けなければならない。千秋は必死で言う言葉を捜していた。しかし、神尾はあっさりと引き下がった。
「私も君に全てを話しているというわけではないし、私たち警察には守秘義務というものがある。私に聞くよりも、彼ともっと接触して君自身で彼が何者であるか確かめた方がいい。それに君たち姉妹は私に話さなければならないことがあるはずだよね」
 千秋は眉を顰めた。これって・・・。神尾は私に鎌をかけて口を滑らせようとしている?確か、全てを話していないといったわね。秘密を打ち明ければ、交換条件として一条に関する情報を聞かせてくれるというの?そんな手に乗るものですか・・・。
「プライベートなこと?個人的な秘密をばらせと?下着は何色かって?」
「とぼけて・・・。まあいいさ、君たちに情報提供するのはこっちとしても都合がいい場合だけだからな」神尾は表情を緩めて笑った。
「それってひどいんじゃない?」千秋はつられて笑う。
「冗談はそこまでにして・・・」
 千秋は目を丸くする。冗談・・・て、おい!
「近いうちに君たちに会いに行くとするよ。三人揃ったところで話がしたい。ここのところ事件が立て続けに起きてバタバタしていた。そろそろご機嫌伺いに行かないと、君のお姉さんに張り倒される。怖いからねえ、あの人は・・・」
 ― 確かに、それは言える ―

 二人は店を出て駐車場へ向かった。
神尾はズボンのポケットに両手を入れ、千秋の前をがっしりとした背中を見せてゆっくりと歩いていた。千秋と距離を保ちながらも歩調を合わせている。いつも緊張の中で刑事としての職務に勤めている男とは思えない。仕事から離れて緊張を解かれているせいなのか、とてもリラックスしているように見えた。見た目ちょっと怖い感じだが実際話してみるといい人だとわかる。
 二人は神尾の車の前で立ち止まる。
「今日は忙しいところ来て下さったありがとうございます」
「どういたしまして、役に立てたのかな?」
「ええ、ありがとうございます」
 神尾はタバコに火をつけるとゆっくりと煙を揺らす。鼻にしわを寄せ暗闇の中に光る星を眺めながら煙を吐き出した。
「全てを話すわけにはいかないが、君が興味を持ちそうな耳寄りな話がある。事件とは直接関係ないことだからかまわないだろう。彼は養子として一条家に迎え入れられた」
「え?」
「彼の両親は交通事故で亡くなっている。正確には母親の連れ子で、一条家と血縁関係はない。父親は不明・・・。母親は誰にもそのことを明かさなかったそうだよ」

 神尾はタバコを足元に落として踏みつけタバコを拾い上げた。本当のところは気が進まなかった。真実を知ることが全てだとは思えない、目に見えるものが真実とも限らないのだ。彼が恵まれた環境の中で育ち、何の苦労もなく今の地位を得ていると思わせていた方が彼女にとっては良かったかもしれないな・・・。神尾は千秋を残して自分の車に乗り込んだ。
 千秋は顔を両手で覆った。こんなこと聞きたくはなかった、こんなこと知りたくなかった。千秋の胸にずしりと重りがのしかかり息苦しさを感じた。確かに彼の秘密を知ることが目的だった。彼の弱みを握り、それを得意げに彼の鼻先に突きつける・・・。そんな浅はかなことを私はしようとしていたのだろうか・・・。



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