千秋は紅影のカウンターでコーヒーを飲みながら、店のマスターである園田と話をしていた。
「カップルになったのは一組だけ・・・」千秋は首をすくめる。「彼らのリーダーは、私が出た後にすぐにいなくなって戻ってこないから、てっきり私と一緒だと思っていたらしいわ・・・」
「その男の人は千秋ちゃんの好みじゃなかったわけだ」
「私は同僚が付きあえって言うからついて行っただけだし」
「若くて背が高く垢抜けてお金持ちで、いい大学を出ていて将来は出世しそうだとか、そういう基準で選ぶとか?」
千秋は首を振りながらクスクスと笑った。「初めは皆そういう理想的な相手を探そうと躍起になっているけど、そういう高望みも制限されて、手近な相手と付き合って、お互いにそれなりにふさわしい相手と結ばれる確率の方が高いかも・・・」
「うまくはいかないものだ。それに、男と女の結びつきは理屈じゃないからね。愛し愛される相手と巡り会えるかどうかもわからない。人との出会いも偶然の積み重ね、縁がなければすれ違うだけだ」
まさに園田の言う通りだと千秋は思う。人を好きになるということは理屈では割り切れない。今でこそ園田と友美はお似合いの夫婦だと誰もが認めているが、二人が一緒になると聞かされた時は驚かされたものだ。気心知れた相場のプロポーズを蹴って、年の離れた子持ちの園田を選ぶとは誰もが想像していなかった。
「園田さんと友美さんは年が離れていてもうまくいっているしね」千秋は園田に向かってウインクする。
人は恋愛をしている時には周りが見えず、結婚というゴールに向かって猛進する。結婚に対して理想や憧れを抱き、愛は盲目の如くバラ色の人生が続くと錯覚する。だが結婚はゴールではなく人生の通過点に過ぎない。
「私、当分結婚は無理だと思うわ・・・。それに、園田さんのように、大人で落ち着いていて、包容力のある男性は早々いないわ」
「そういう人に限って、あっという間に結婚したりするものさ・・・」
「付き合っている相手もいないのにそれは無理だと思うわ・・・」
「どうだか・・・」園田はそう言ってにっこり笑った。
「カップルになったのは一組だけ・・・」千秋は首をすくめる。「彼らのリーダーは、私が出た後にすぐにいなくなって戻ってこないから、てっきり私と一緒だと思っていたらしいわ・・・」
「その男の人は千秋ちゃんの好みじゃなかったわけだ」
「私は同僚が付きあえって言うからついて行っただけだし」
「若くて背が高く垢抜けてお金持ちで、いい大学を出ていて将来は出世しそうだとか、そういう基準で選ぶとか?」
千秋は首を振りながらクスクスと笑った。「初めは皆そういう理想的な相手を探そうと躍起になっているけど、そういう高望みも制限されて、手近な相手と付き合って、お互いにそれなりにふさわしい相手と結ばれる確率の方が高いかも・・・」
「うまくはいかないものだ。それに、男と女の結びつきは理屈じゃないからね。愛し愛される相手と巡り会えるかどうかもわからない。人との出会いも偶然の積み重ね、縁がなければすれ違うだけだ」
まさに園田の言う通りだと千秋は思う。人を好きになるということは理屈では割り切れない。今でこそ園田と友美はお似合いの夫婦だと誰もが認めているが、二人が一緒になると聞かされた時は驚かされたものだ。気心知れた相場のプロポーズを蹴って、年の離れた子持ちの園田を選ぶとは誰もが想像していなかった。
「園田さんと友美さんは年が離れていてもうまくいっているしね」千秋は園田に向かってウインクする。
人は恋愛をしている時には周りが見えず、結婚というゴールに向かって猛進する。結婚に対して理想や憧れを抱き、愛は盲目の如くバラ色の人生が続くと錯覚する。だが結婚はゴールではなく人生の通過点に過ぎない。
「私、当分結婚は無理だと思うわ・・・。それに、園田さんのように、大人で落ち着いていて、包容力のある男性は早々いないわ」
「そういう人に限って、あっという間に結婚したりするものさ・・・」
「付き合っている相手もいないのにそれは無理だと思うわ・・・」
「どうだか・・・」園田はそう言ってにっこり笑った。
気が抜けるほど淡々と毎日が過ぎていく。一条との約束をすっぽかしたことを知られて、二人の姉から小言を言われたことを除けば・・・。
千秋が一条に対して過剰に反応し、顔を合わせると必ずといっていいほど小さな衝突を繰り返していると二人の姉は言うのだ。
「一条さんは家まで送ってくれただけでなく、わざわざ車がないあんたを迎えに来てくれた。それなの彼が迎えに来ることを忘れたですって?車がない時点で気づくはずでしょう。早く出かけたのはわざとなんでしょう。あんたには悪意があったとしか思えないわよ」
「千春の言う通りよ。それに、彼に会うたび喧嘩を吹っかけて怒らせようとしている。でも、彼は挑発には乗らない。だから千秋はますます苛立ってくる・・・。その仕返しをしたかったんだわ・・・」
千秋は反論する気も失せていた。二人の言うことはまったく的外れだとは言えないからだ。一条に仕返しをしたかったのは本当だし、彼が来ることもわかっていたからわざと一足先に家を出たのだ。
反論せず素直に非を認めたことで、二人はそれ以上何も言わなかったが、だからといって二人の姉がそのまま受け止めたとは言いがたい。まだ、千秋の一条に対する態度には腑に落ちない。二人の間にはまだ自分たちが知らない何かがあると疑っていたのである。
千春と千夏も一条が自分たちを傷つけるような男ではないと思っていたが、彼が弁護士であり沢田の部下であること以外はどういう人間なのかわかっていなかった。沢田隆之の指示で自分たちを守ろうとしたり、事件の真相を探る手助けをしようとしたりと何かと自分たちに関わろうとしている。一条の行動には理解できないこともある。彼は否定したが、地下駐車場での出来事はどう考えても一条が狙われたとしか思えない。正次が殺されたことで、事件と沢田グループとが結びつくような何かがあるという疑いはますます深くなった。
川久保の妻子が殺された事件、三年前の事故と見せかけた殺人事件と正次が殺された事件とどう結びついているのか、それともそれぞれが個別の事件なのか・・・。
千秋が一条に対して過剰に反応し、顔を合わせると必ずといっていいほど小さな衝突を繰り返していると二人の姉は言うのだ。
「一条さんは家まで送ってくれただけでなく、わざわざ車がないあんたを迎えに来てくれた。それなの彼が迎えに来ることを忘れたですって?車がない時点で気づくはずでしょう。早く出かけたのはわざとなんでしょう。あんたには悪意があったとしか思えないわよ」
「千春の言う通りよ。それに、彼に会うたび喧嘩を吹っかけて怒らせようとしている。でも、彼は挑発には乗らない。だから千秋はますます苛立ってくる・・・。その仕返しをしたかったんだわ・・・」
千秋は反論する気も失せていた。二人の言うことはまったく的外れだとは言えないからだ。一条に仕返しをしたかったのは本当だし、彼が来ることもわかっていたからわざと一足先に家を出たのだ。
反論せず素直に非を認めたことで、二人はそれ以上何も言わなかったが、だからといって二人の姉がそのまま受け止めたとは言いがたい。まだ、千秋の一条に対する態度には腑に落ちない。二人の間にはまだ自分たちが知らない何かがあると疑っていたのである。
千春と千夏も一条が自分たちを傷つけるような男ではないと思っていたが、彼が弁護士であり沢田の部下であること以外はどういう人間なのかわかっていなかった。沢田隆之の指示で自分たちを守ろうとしたり、事件の真相を探る手助けをしようとしたりと何かと自分たちに関わろうとしている。一条の行動には理解できないこともある。彼は否定したが、地下駐車場での出来事はどう考えても一条が狙われたとしか思えない。正次が殺されたことで、事件と沢田グループとが結びつくような何かがあるという疑いはますます深くなった。
川久保の妻子が殺された事件、三年前の事故と見せかけた殺人事件と正次が殺された事件とどう結びついているのか、それともそれぞれが個別の事件なのか・・・。
事件の捜査は何処まで進展しているのか、警察側も世間に公表した形跡もない。唯一情報をもたらす神尾もここのところ姿を見せていない。事件の当事者である川久保もハウスへ戻ってきた気配もない。川久保は自分の事務所で寝泊りしているのだろうか。千秋が紅影に行ったのも、川久保がどうしているのかわかるかもしれないし、姿を見せるかもしれないと考えたのだが空振りに終わった。園田に川久保はしばらく姿を見ていないと聞かされただけだった。
川久保は妻子を失い、誰かと深く関わることを避けて一人孤独に生きている。ハウスの住人でありながら、妻子の遺体が見つかるまで彼が弁護士であることはまったく知らなかった。千秋たちにとって川久保はちょっと変わった住人に過ぎなかったのだ。起きうる全ての出来事には意味があり、人との出会いにも必ず意味がある。人は人との関わりを絶って生きていくことはできない。巡り会わせとは不思議なものだ。
千秋は電話帳で川久保の事務所の住所を調べた。どうしても川久保のことが気になって尋ねてみることにした。川久保の事務所は三階建ての最上階。建物はどう見ても立派とは言えない。正面入口には知名度はないような社名のプレートがかかっている。三階建てでエレベーターはなく階段を上っていく。二つのプレートかかっているだけなので、川久保の事務所はすぐにわかった。すでに外は暗く事務所の明かりは消え、残念ながら事務所は閉まっていている。ノックをしても返事はない。ここにも川久保はいないのだろうか・・・。
川久保の事務所があるビルを出ると、車を止めた駐車場へ向かって千秋は歩き出す。二台がどうにかすれ違うことができるような道幅しかない道を一台の車が通り過ぎていく。騒然とした街のざわめきは遠くに聞こえてくる。一台が通り過ぎただけで、人影もなくひっそりとしている。
ここは賑わう繁華街がひとつ道を挟んだ向こう側にあり、昼間もほとんど人通りの少ない場所。こんな夜に一人ここを歩いていると知ったら一条はどう思うだろうか・・・。ふと千秋はそんなことを考えておかしくなった。だが、笑っている場合ではないと思い直す。今のところ誰かにつけられている様子はないが、少しでも早くここを出て帰らなければ・・・。また遅く帰って二人の姉に小言を言われては適わない。それにしても川久保は今頃何をしているのだろうか・・・。
川久保の所在を確かめるついでに、一条について何か知っているか聞こうかと考えていたのだが、それよりも興信所で調べた方がいいかもしれない。一条のことはわからないことが多すぎる。それに自分たちのことはよく何でも知っているというのは癪に障る。彼にだって人には言えない秘密の一つや二つはあるはず。相手の弱みを握っていた方が何かあった時の切り札になるはずだ。
いつもいつも出し抜かれて悔しい思いをしているのだから、いつかここぞという時に、彼を思いっきりへこませてやるわ・・・。千秋はにんまりしながら車に乗り込んだ。
川久保は妻子を失い、誰かと深く関わることを避けて一人孤独に生きている。ハウスの住人でありながら、妻子の遺体が見つかるまで彼が弁護士であることはまったく知らなかった。千秋たちにとって川久保はちょっと変わった住人に過ぎなかったのだ。起きうる全ての出来事には意味があり、人との出会いにも必ず意味がある。人は人との関わりを絶って生きていくことはできない。巡り会わせとは不思議なものだ。
千秋は電話帳で川久保の事務所の住所を調べた。どうしても川久保のことが気になって尋ねてみることにした。川久保の事務所は三階建ての最上階。建物はどう見ても立派とは言えない。正面入口には知名度はないような社名のプレートがかかっている。三階建てでエレベーターはなく階段を上っていく。二つのプレートかかっているだけなので、川久保の事務所はすぐにわかった。すでに外は暗く事務所の明かりは消え、残念ながら事務所は閉まっていている。ノックをしても返事はない。ここにも川久保はいないのだろうか・・・。
川久保の事務所があるビルを出ると、車を止めた駐車場へ向かって千秋は歩き出す。二台がどうにかすれ違うことができるような道幅しかない道を一台の車が通り過ぎていく。騒然とした街のざわめきは遠くに聞こえてくる。一台が通り過ぎただけで、人影もなくひっそりとしている。
ここは賑わう繁華街がひとつ道を挟んだ向こう側にあり、昼間もほとんど人通りの少ない場所。こんな夜に一人ここを歩いていると知ったら一条はどう思うだろうか・・・。ふと千秋はそんなことを考えておかしくなった。だが、笑っている場合ではないと思い直す。今のところ誰かにつけられている様子はないが、少しでも早くここを出て帰らなければ・・・。また遅く帰って二人の姉に小言を言われては適わない。それにしても川久保は今頃何をしているのだろうか・・・。
川久保の所在を確かめるついでに、一条について何か知っているか聞こうかと考えていたのだが、それよりも興信所で調べた方がいいかもしれない。一条のことはわからないことが多すぎる。それに自分たちのことはよく何でも知っているというのは癪に障る。彼にだって人には言えない秘密の一つや二つはあるはず。相手の弱みを握っていた方が何かあった時の切り札になるはずだ。
いつもいつも出し抜かれて悔しい思いをしているのだから、いつかここぞという時に、彼を思いっきりへこませてやるわ・・・。千秋はにんまりしながら車に乗り込んだ。
