反対車線から走ってきた車のライトが男の顔を照らし、その男の正体がはっきりと見えた。驚いたことに声をかけてきたのは一条だった。千秋はあまりに驚いてすぐに答えられず呆然として声が出なかった。自分がぽかんと口を開けていることに気づき、それをごまかそうと強い口調で言った。
「あなたこそ、私だとどうしてわかったの」
一条は車から降りてくると、確かめようとするかのように辺りを見回した。
「それより車は?こんな時間に何をしているのですか」
この男と会う時は予想もしない場面、特に会いたくないと思うような時に限ってだ。
「同僚と食事に出かけた帰りです」
「それで、車は会社に置いてきたんですね。しかし、こんな時間にバスで帰るつもりですか?」車を置いてきたことは褒められても、人気のないこんな時間に女一人ふらふら歩いているとは、彼女は一体何を考えているんだ。一条は苛立ったように言った。「今、どういう状況かわからないのですか。何かあったらどうするつもりですか」
「今までも車がない時はいつもバスで帰っていますから・・・」優しい口調から一変して怒りの滲んだ一条の口調に千秋は戸惑った。
「また、あの黒い車の男たちに襲われるかもしれないということは考えなかったのですか」
一条に言われなくてもそのことは十分にわかっている。だからといって素直に聞き入れられない千秋だった。
「こんな人や車が多いところで襲われるとは思えないし・・・」
「これまで無事でいられたのは幸運だった。だからといっていつまでもその運が続くとは限らない」
「何も危険な目にあってません。見ての通り怪しい車は現れていないわ・・・。このとおり怪我もしてないし、何も起きていないでしょう?」
「この時間にバスが通るとは思えませんが」一条は千秋を圧するかのように、厳しい目を向けた。
千秋は腕時計を見て、しまったと思った。こんな時間になっているとは気づかなかった自分のうかつさにうんざりした。最終便に乗り遅れたことは間違いない。だからといって後には引けないわ・・・。
「ご心配なくタクシーで帰りますから・・・」
「私が送っていきます」
「結構です。あなたに迷惑をかけるつもりはありませんから・・・」
「わざわざ無駄なお金を使う必要はありません」一条は感情を抑えようと息を吸い込んだ。「それに、迷惑とは思ってませんし、そう思っているなら送っていくとは言いませんからね。素直に車に乗ってほしい」
「本当に大丈夫です。それに、あなたに借りを作るのは嫌です」
「こんな時に強情を張るのは、ばかげていると思いませんか」
「あなたにいちいち指図されるなんてうんざりです。はっきり言ってあなたの押し付けがましい態度には我慢ならない。自分のことは自分で決めます」
「君はなんて強情な人だ。だが、私も頑固な男ですからやると決めたら必ず実行する。危険な目に遭うかもしれないのに、君を置いていくわけにはいかない。君を危険に曝して人でなしと罵られるのはごめんだ」
「な・・・何よ、放して・・・」
一条は強引に千秋の腕を掴んで助手席のドアを開けると、無理やり彼女を車の中へ押し込んだ。
千秋は憤懣たる思いで助手席に座っていた。この男の思い通りに事が進むなんて許せなかった。今まで出会った中で、これほど頭に来る男はいない。
「明日、私があなたを会社へ送っていきます」
「結構です」
「遠慮は無用です」
店を出てすぐにタクシーを拾って帰れば、一条と会うこともなかったのに、いつもどういうわけかタイミングよくこの男は現れる。一条に送ってもらうなどとんでもない。だが、ここで拒絶しても彼は譲らないに違いない。押し問答を繰り返しても埒が明かない。ここは一歩譲って、彼の申し出を受けるしかなさそうだ。千秋は気を取り直して愛想よく聞こえるように言った。
「わかりました。どうもご親切に・・・」
「あなたこそ、私だとどうしてわかったの」
一条は車から降りてくると、確かめようとするかのように辺りを見回した。
「それより車は?こんな時間に何をしているのですか」
この男と会う時は予想もしない場面、特に会いたくないと思うような時に限ってだ。
「同僚と食事に出かけた帰りです」
「それで、車は会社に置いてきたんですね。しかし、こんな時間にバスで帰るつもりですか?」車を置いてきたことは褒められても、人気のないこんな時間に女一人ふらふら歩いているとは、彼女は一体何を考えているんだ。一条は苛立ったように言った。「今、どういう状況かわからないのですか。何かあったらどうするつもりですか」
「今までも車がない時はいつもバスで帰っていますから・・・」優しい口調から一変して怒りの滲んだ一条の口調に千秋は戸惑った。
「また、あの黒い車の男たちに襲われるかもしれないということは考えなかったのですか」
一条に言われなくてもそのことは十分にわかっている。だからといって素直に聞き入れられない千秋だった。
「こんな人や車が多いところで襲われるとは思えないし・・・」
「これまで無事でいられたのは幸運だった。だからといっていつまでもその運が続くとは限らない」
「何も危険な目にあってません。見ての通り怪しい車は現れていないわ・・・。このとおり怪我もしてないし、何も起きていないでしょう?」
「この時間にバスが通るとは思えませんが」一条は千秋を圧するかのように、厳しい目を向けた。
千秋は腕時計を見て、しまったと思った。こんな時間になっているとは気づかなかった自分のうかつさにうんざりした。最終便に乗り遅れたことは間違いない。だからといって後には引けないわ・・・。
「ご心配なくタクシーで帰りますから・・・」
「私が送っていきます」
「結構です。あなたに迷惑をかけるつもりはありませんから・・・」
「わざわざ無駄なお金を使う必要はありません」一条は感情を抑えようと息を吸い込んだ。「それに、迷惑とは思ってませんし、そう思っているなら送っていくとは言いませんからね。素直に車に乗ってほしい」
「本当に大丈夫です。それに、あなたに借りを作るのは嫌です」
「こんな時に強情を張るのは、ばかげていると思いませんか」
「あなたにいちいち指図されるなんてうんざりです。はっきり言ってあなたの押し付けがましい態度には我慢ならない。自分のことは自分で決めます」
「君はなんて強情な人だ。だが、私も頑固な男ですからやると決めたら必ず実行する。危険な目に遭うかもしれないのに、君を置いていくわけにはいかない。君を危険に曝して人でなしと罵られるのはごめんだ」
「な・・・何よ、放して・・・」
一条は強引に千秋の腕を掴んで助手席のドアを開けると、無理やり彼女を車の中へ押し込んだ。
千秋は憤懣たる思いで助手席に座っていた。この男の思い通りに事が進むなんて許せなかった。今まで出会った中で、これほど頭に来る男はいない。
「明日、私があなたを会社へ送っていきます」
「結構です」
「遠慮は無用です」
店を出てすぐにタクシーを拾って帰れば、一条と会うこともなかったのに、いつもどういうわけかタイミングよくこの男は現れる。一条に送ってもらうなどとんでもない。だが、ここで拒絶しても彼は譲らないに違いない。押し問答を繰り返しても埒が明かない。ここは一歩譲って、彼の申し出を受けるしかなさそうだ。千秋は気を取り直して愛想よく聞こえるように言った。
「わかりました。どうもご親切に・・・」
一条は腕時計に目をやった。駐車場で千秋が出てくるのを待っていたが、約束の時間を過ぎてもなかなか彼女は姿を見せない。
「一条さん?こんなところで何をしているのですか?」
一条は時計から目を上げた。目の前にいるのは彼が待っていた千秋ではなく、不思議そうに自分を見ている千春だった。雲の隙間から陽の光がこぼれ、一条は目を細めて答える。
「千秋さんを待っているのですが・・・」
「妹ならもう出かけましたけど・・・」
どうやら千秋は彼に恥をかかせるつもりで約束をすっぽかしたらしい。一条は相手に怒りを感じていたとしても、感情を表に現さず冷静に対処できる男だ。千秋も普段は何事も落ち着いて対処できるはずなのに、最近の様子を見ていると千秋らしくなくてはらはらする。彼に対し過剰な反応をして妙な対抗意識を持っている。それに、二人の間にぴんと張った緊張感があり、時々見えない火花がぶつかり合う。
「今日は早く出ないといけないと言って慌てて出て行ったんです。だから一条さんが迎えに来るって事をすっかり忘れたんですわ・・・。あの子ときたら本当にすみません」
「そうですか、わかりました」
一条は千春の言うことを信じているわけではないだろう。千春も彼が自分の嘘に気づいていていることはわかっていた。千春は溜息を吐き申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「一条さんは千秋がわざとこんなことをしたことご存知なんでしょう?千秋はあなたを困らせよう子供じみたことをしているんです。あなたが私たちを守ろうとして下さっているのは良くわかっています。千秋は今までどんなことも自分で乗り越えてきたから、誰かに頼ったり守られたりすることに慣れていない。それを千秋は認めたくないのかもしれません。だからあなたに対して反抗的な態度をとったりするのだと思います」
「そうかもしれませんね」一条は苦笑いを浮かべた。「私は彼女に嫌われているようだから仕方ない・・・」
「嫌われているというのはちょっと違うと思いますけど・・・」
「そうでしょうか・・・」
「あなたが他の男なら、あの子は違った反応を示すと思いますよ。女のお尻を追い掛け回し、仕事をしないで遊び呆けるような男なら、あの子は鼻の先にも引っ掛けないで無視するでしょうから・・・。あの子は弱々しい可愛いだけの女ではないし、感の鋭いところもありますし・・・」
「それは千秋さんだけではないでしょう。あなたたち姉妹はかなり手強い相手だと私は知っています」
一条は千春に軽く頭を下げると運転席に乗り込んで車を発進させた。千春は一条の車を見送ると、腕時計を見て慌てて自分の車に乗り込んだ。まったく、私たち姉妹は怖いもの知らずのスーパーウーマンかい・・・。言ってくれるわね。千春は口元に笑みを浮かべて車を発進させた。
「一条さん?こんなところで何をしているのですか?」
一条は時計から目を上げた。目の前にいるのは彼が待っていた千秋ではなく、不思議そうに自分を見ている千春だった。雲の隙間から陽の光がこぼれ、一条は目を細めて答える。
「千秋さんを待っているのですが・・・」
「妹ならもう出かけましたけど・・・」
どうやら千秋は彼に恥をかかせるつもりで約束をすっぽかしたらしい。一条は相手に怒りを感じていたとしても、感情を表に現さず冷静に対処できる男だ。千秋も普段は何事も落ち着いて対処できるはずなのに、最近の様子を見ていると千秋らしくなくてはらはらする。彼に対し過剰な反応をして妙な対抗意識を持っている。それに、二人の間にぴんと張った緊張感があり、時々見えない火花がぶつかり合う。
「今日は早く出ないといけないと言って慌てて出て行ったんです。だから一条さんが迎えに来るって事をすっかり忘れたんですわ・・・。あの子ときたら本当にすみません」
「そうですか、わかりました」
一条は千春の言うことを信じているわけではないだろう。千春も彼が自分の嘘に気づいていていることはわかっていた。千春は溜息を吐き申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「一条さんは千秋がわざとこんなことをしたことご存知なんでしょう?千秋はあなたを困らせよう子供じみたことをしているんです。あなたが私たちを守ろうとして下さっているのは良くわかっています。千秋は今までどんなことも自分で乗り越えてきたから、誰かに頼ったり守られたりすることに慣れていない。それを千秋は認めたくないのかもしれません。だからあなたに対して反抗的な態度をとったりするのだと思います」
「そうかもしれませんね」一条は苦笑いを浮かべた。「私は彼女に嫌われているようだから仕方ない・・・」
「嫌われているというのはちょっと違うと思いますけど・・・」
「そうでしょうか・・・」
「あなたが他の男なら、あの子は違った反応を示すと思いますよ。女のお尻を追い掛け回し、仕事をしないで遊び呆けるような男なら、あの子は鼻の先にも引っ掛けないで無視するでしょうから・・・。あの子は弱々しい可愛いだけの女ではないし、感の鋭いところもありますし・・・」
「それは千秋さんだけではないでしょう。あなたたち姉妹はかなり手強い相手だと私は知っています」
一条は千春に軽く頭を下げると運転席に乗り込んで車を発進させた。千春は一条の車を見送ると、腕時計を見て慌てて自分の車に乗り込んだ。まったく、私たち姉妹は怖いもの知らずのスーパーウーマンかい・・・。言ってくれるわね。千春は口元に笑みを浮かべて車を発進させた。
千秋はすでにバスから降りて仕事場へ向かっていた。始めから一条に送ってもらう気などさらさらなかったが、断っても一条は迎えに来るだろうということも予想済みだ。だから、わざと早く出て一条の鼻を明かしてやろうと思っていたのだ。
しかし、昨夜のことを考えてみると、なぜ一条はタイミングよく自分の前に現れたのか、それがどうしても腑に落ちない。偶然というにはあまりにも不自然すぎはしないだろうか・・・。今までいろいろ助けてくれたが、何処まで彼を信頼すべきか本当のところまったくわからない。それに私は彼のことをまったく知らない。こうなれば彼がどういう人間か調べるべきかもしれない。
しかし、昨夜のことを考えてみると、なぜ一条はタイミングよく自分の前に現れたのか、それがどうしても腑に落ちない。偶然というにはあまりにも不自然すぎはしないだろうか・・・。今までいろいろ助けてくれたが、何処まで彼を信頼すべきか本当のところまったくわからない。それに私は彼のことをまったく知らない。こうなれば彼がどういう人間か調べるべきかもしれない。
