第31話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

「彼はトップモデルに上り詰め、今度は俳優として芸能界にデビュー。モデルとしてファッションショーの舞台に立つのとはわけが違う。世間の注目を受け、華やかなスポットライトを浴びる彼とあなたは住む世界が違う」
 ようするに彼女は翔に近づくなと言いたいのだろう。確かに彼女は彼と同じ世界で生きている。私よりずっと彼に近いところにいて、その世界のことを良く知っているだろう。彼女はトップモデルとしてのプライドが高く、生まれ持った容姿に自信を持っている。翔もまたトップモデルから俳優として華々しくデビューした。二人はまさに同じ世界で生きる者同士、二人はまさにベストカップルに違いない。まどかの言うように私にとって彼らは雲の上の人間ということになるだろう。まどかが私を見下すような態度をとるのは、彼女がいつも優位な立場に立っていることを強調したいからだろう。
「彼が私を相手にするはずがないと?」
「仕事抜きの関係にはなれないし、ごく平凡なあなたと彼は似合わない。彼を追いかけても仕方ないでしょう?」
 千春はうんざりしていた。今度は平凡なさえない女だと決め付けている。その上、私はストーカー扱いされているし・・・。
「確かに彼は魅力的だし、華やかな世界でスポットライトを浴びて人に注目されるような人ですけど、素顔はごく普通の何処にでもいる男性にすぎない」
「あら、あなたはカメラのレンズを通して彼を見ているだけじゃない。私は彼と同じ舞台に立っている。それがどういうことかわかるわね」
「あなたの言いたいことはわかるわ・・・。でも、どうしてそんなことをあなたが気にするのかしら・・・。私と翔の関係がどうだろうと、あなたにはまったく関係のないことだと思うけど・・・。それに、あなたと翔は特別な関係なのかしら?」
 まどかは一瞬戸惑ったように千春を見返した。自分が優位な立場に立ち、相手を押さえ込むつもりだった彼女は答えに困窮している様子で、すらすらとセリフを喋っていたのに、覚えていたセリフもすっかり頭の中から消滅したようだと、千春は心の中で皮肉る。
「確かに私は彼を追いかけているわ・・・。彼を追いかけて写真を撮るのが私の仕事・・・。この仕事に私はプライドを持っているし、仕事にかける情熱もある。彼の最高の表情をこの手でカメラに捉える為に、私は夢中で彼を追いかける。まずは相手に惚れこまなきゃ最高のものはできない。そのことが無謀というなら、それでも良いわ・・・」
 雪子がカメラの機材を肩にかけて近づいてくる。雪子は二人の緊張した空気に気づいている様子もなく、まどかに向かって軽く会釈する。
「今度、あなたの写真を撮りたいわね・・・」千春はちらりと腕時計に目を走らせる。「悪いわね、時間だわ。今度ゆっくりお食事でもしながらお話したいわね」
 まどかは掌に食い込むほど強く握り締める。まどかは千春に敵対意識を持っていた。カメラマンとしてのキャリアを持つ千春に嫉妬している。
「ひとつだけあなたに忠告しておくわね。彼はそう簡単には捕まえられないわ。人に対して簡単には心を開かない人だから。彼のことをわかっているつもりでも、それは表面的なことだけ・・・。私も経験あるけど、彼を理解しようとするなら、あなたも心をさらけ出して、彼と真剣に向き合うしかない、それが相手に対する誠意だと思うから・・・」千春は微笑んだ。「私も伊達に、彼より長く生きていないから・・・。あなたより私の方が彼のような男性のことがわかるのよ。若いからといって油断しては駄目よ」千春はまどかの肩をぽんと叩く。
 二人の間で何があったのかわかるはずもない雪子は、青ざめたまどかを怪訝な顔をして見つめる。まどかは千春の気迫に押されて何も言えない様子。表情を強張らせた彼女の顔には敗北感が色濃く滲んでいた。
「雪子さん、行くわよ」
「あ・・・はい」雪子は先に歩き出した千春を慌てて追いかける。
 雪子は千春に追いつくと声をかけようとしてやめた。千春の顔には真剣な表情が浮かんでいる。
千春は唐突に雪子に聞いた。
「私、もう若くないのかな・・・」
「はあ?」雪子はぽかんと千春を見た。
「私って、そんなに魅力ないかな・・・」
「そんなこと・・・。千春さんは素敵です!」思わず勢い込んで雪子は言った。
 千春は雪子の反応に吹き出し、彼女の肩を叩くと再び歩き出す。雪子は面食らいながら千春の背中を見つめた。
「何なんです・・・一体?」雪子にはさっぱりわけがわからなかった。
 
 千春たちはスタジオを出ると、エレベーターで地下駐車場へ向かった。二人が機材を車に運び入れていると、高橋が息を切らしてやってきた。
「まどかのことだけど・・・」高橋はハアハアと息荒く、言葉を続けることができず、前かがみになって膝に両手を付く。
 さっきまどかと話していたところを、高橋が見ていたことは知っていたが、まどかのことで何を聞きたいのかはわからない。高橋がわざわざ自分たちを追いかけて駐車場まで来て話したいことがあるとはどういうことだろうか・・・。
「まどかさんがどうかしましたか?」
 高橋はどうにか息を整えると、少し顔を顰めて前かがみのまま千春を見て言った。
「さっき二人で何を話していたの?あなたが翔の写真集の依頼を受けたこと、まどかは面白く思っていないみたいだけど・・・」
 なるほど・・・。翔の周りで起こること全てを把握して、即座に対応するところはさすがマネージャーだけはある。たいしたことではないと安心させてあげようと千春は考えた。
「彼女によると、私が彼を追い回しているらしいです」首を竦めて千春は笑う。
「呆れた子ね、まったく・・・。追い回しているのは自分じゃない」高橋は首を振った。
「彼もまんざらじゃないみたいですけど・・・」
 翔はこういうことは慣れているだろうし、自分で煩いハエを払うことぐらい、たいしたことではないはずだ。まどかを蝿に例えるのは彼女に失礼かしら・・・。千春は思わずにやりと笑ってしまった。
「そりゃ、翔はあのとおりモデルだから見栄えはいいし・・・。翔が恋人なら十分に彼女の見栄を満たしてくれる。まどかは翔の人気を利用するつもりなのよ」
「いいじゃないですか、同じモデル出身だから話も合うだろうし・・・。二人が一緒にいるショットは絵になるし、話題にもなる・・・」
「翔はわかってないの、自分がどれほど人に影響を与えているかってことを・・・」
「それが彼の魅力でもあるでしょう?スター性十分、彼はきっといい俳優になります。まどかさんような女性を虜にしてしまうほどですもの・・・」
「彼女は大物プロデューサーの娘、それを利用しようと近づいてくる者もいる。彼女はそんな人間を平気で利用し、人を踏み台にしてのし上がるような子よ」
「翔にとってはチャンスでもあるわけですよね」
「まどかにとっては利用価値があるかもしれないけど、彼のクリーンなイメージを汚したくない、しがらみなんていらないわ・・・」
 高橋が危惧するわけがわからないわけではない。千春は彼自身が選んだ道をまっすぐに歩いてほしい・・・。人を押しのけてのし上がるような人間であってほしくないと思っている。翔もそこのところは自分できちんと考えて行動しているだろうが・・・。長く彼のマネージャーを務めている高橋にとって、翔は弟のような存在であり、親代わりをしているようなもの・・・。心配するのも良くわかる。
「まどかさんもプロなら、彼も女性のあしらい方も心得ています。心配することでもないと思いますけど・・・」
「そりゃ・・・そうだけど・・・」
 彼女の言うとおりだわ・・・。母親みたいに小言を言っていると、翔にウザイと思われてしまうかもしれないわね・・・。つい癖でやきもきしたり、余計な心配をしたり、翔を子ども扱いしている・・・。高橋は肩の力を抜くとふうと息を吐いた。
「でも、あなたはそんなのんきなこと言っていいの?」
「はい?」千春はどういう意味だろうと高橋を見て目を瞬く。
「はいじゃないわよ。翔のことが心配じゃないの?」
「私に翔のことが心配じゃないかって・・・それはどういう意味です?」
「二人は何処まで進んでいるの?あなたと彼のことを聞いているのよ・・・」
「進んだとか、進まないかとか何の話ですか・・・。いた!」千春はいきなり高橋に腕をつねられ顔を顰める。
「とぼけて・・・」高橋は千春の耳元で言った。「テレビであなたたち姉妹が出た時、彼は今にも噴火しそうな勢いだったのよ。あなたを侮辱する奴は八つ裂きにしてやるって、まどかや他の共演者がいる前で怒鳴ったのよ」
 翔にこれ以上近づくなと、わざわざまどかが言いに来たのはそういうことだったのね・・・。余計なことをしてくれて、こっちが八つ裂きにしてやりたいくらいだわ・・・。
「ねえ、それで二人の関係は何処まで進んでいるの?」
「高橋さん!」千春は首まで真っ赤になった。
「私が気付かないとでも?彼のマネージャーを何年勤めていると思っているの」
 千春は翔との関係を問われて言葉に詰まり否定することに必死で、この場にもうひとりいることを忘れていた。自分の存在を忘れられた雪子は二人の会話を聞いて目を丸くしている。
「あの・・・。もしかして、翔さんと千春さん・・・」
「あちゃ・・・。あなたがいたのをすっかり忘れていたわ・・・」高橋はしまったと舌打ちする。
「違うのよ、ご、ご、ご誤解なの・・・」千春はあわてて首を振る。
「私、ぜんぜん気がつかなくて・・・」
「だから、誤解だって・・・」
 誤解だと言えば言うほど否定が肯定に聞こえるものらしい。雪子は二人が恋人同士だとすっかり信じ込んでいる。したり顔で千春を肘で突く。
「へたに否定しない方がいいですよ。その方が真実味を帯びて聞こえますから・・・」雪子はニヤニヤしている。
「そのようね・・・。あきらめて認めたほうが良くないかしら?」高橋はクスクス笑った。
 どうしてこうなるわけ?
 千春は憤懣たる思いで車のキーを差し込んで呟く。
 翔の奴、絶対八つ裂きにしてやる!





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