第23話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 一条は持田優花を舞子の隣の席に案内してから、福山姉妹のテーブルへと向かった。沢田は三人を関係者に自ら紹介すると言って譲らない。一条でさえ沢田の目的、狙いが何処にあるのか図りかねていた。
 退院してから少しの間養成して落ち着いているように見えるが、以前のような冴え渡る手腕を発揮する沢田の勢いはない。沢田一族の長としての役目を果たす為、沢田グループの将来の為とはいえ、どうして自分の身を削りながら鞭を打つようなまねをするのか・・・。
 三人は好奇の目に曝されながら、テーブルに並べられた料理を皿に取った。目の前の料理を口にしても味わうどころではない。千秋は口に押し込み無理やり飲み込んだものの、喉の奥に塊が留まっているような感覚が残った。千秋が喉に手を当てて顔を顰めていると一条が現れた。
「お食事中に申し訳ありませんが、沢田が皆さんを親族や沢田グループ関係者にご紹介したいと・・・」
 千秋が食べ物を飲み下そうとお茶に手を伸ばしていると、千夏はまるでその言葉を待っているかのように素早く即答した。
「はい、わかりました」千夏は箸を置くと、千春に立つように促した。
 千夏の素早い反応に、千秋は口にしたお茶の熱さに思わず咽た。一条はちらりと千秋に目を向けるとわずかに口元を歪めた。千秋は自分の失態に顔を赤らめた。一条は笑っているに違いないと思うとムッとした。
「千秋何をしてんの行くわよ」
 沢田は会社役員の席に連れて行くと、自分が招いた客だと公言するように三人を紹介した。誰もが沢田の前では、自分たちに対して部外者であると、あからさまな態度や素振りを見せない。だが、沢田が他の役員たちに三人を紹介し始めると、不快そうな表情を浮かべて三人を一瞥するのだ。沢田グループ関係者に紹介し終えると、沢田は親族側へ連れて行くと同じように三人を紹介して回った。ここでも同じような反応が返ってきた。三人とも招かれざる客として、歓迎されていないのはわかっていた。それは当然のことであって、それよりもこの席に招待された顔ぶれを観察することの方が重要だった。一通り紹介が終わる頃には、三人ともすっかり顔が強張り、表情を繕うのに苦労するほどだった。沢田はようやく紹介し終えると満足したのか三人を解放した。三人はほっとしていたが、周囲の好奇に満ちた視線や冷ややかな眼差しの中席へ戻った。
「疲れたわ・・・。たくさんいすぎて名前を覚えるのは一苦労ね。似たような名前も多いし、回っているうちに名前も顔もごっちゃになってしまったわ・・・」千春はほっとしたように座った。
「主要な人物の顔と名前がわかっただけでも収穫でしょう。沢田一族の相関図も見えてきているし・・・。それに加えて沢田グループの組織図も掴めたし・・・」千夏は落ち着いた様子で箸に手を伸ばす。
「それが沢田会長の狙いでもあるわ。事件に首を突っ込むなと言いながら、自分の手の内を見せて、どう私たちが動くか見ようとしているのよ」千秋は怒ったように言った。「まったく考えが見え見えなのよ。それより、自分の体のことを心配したらどうなのよ」
 千秋の言うとおり人前ではなんでもない素振りを見せているが、沢田が本調子でないことは彼を良く知るものなら見抜くだろう。本気で沢田の体を心配している人間は限られて入るだろうけれど・・・。ここにいる人間のほとんどは、沢田の健康のことより、遺言状の内容の方が重要なのだ。
「なんだかんだ言いながら、千秋は沢田会長のこと心配しているのね」千夏はくすっと笑った。
 千夏の言うとおりだが千秋は否定するようにそっぽを向いた。その時、沢田が三人を沢田グループ関係者に紹介して回っている間に、席を外していた北山舞子と持田優花が戻って来た。そのすぐ後ろから浅井が姿を見せた。
 千夏は浅井のことをすっかり忘れていた。自分の想像が正しければ、なぜ彼がここに招待されたのかつじつまが合う。千夏は振り返って浅井に声をかける舞子を見た。やはり思ったとおりだ。舞子は渚出版の社長令嬢・・・。浅井は編集者で渚出版と何か関係あるに違いない。正次が城山出版に戻ってきた後、浅井は入社したと聞いている。しかし、浅井と舞子はどういう関係なのだろうか・・・。
 高級料亭並みの料理があらかた綺麗に片付けられたころになると、暇を告げる者たちが次々に席を立っていった。沢田グループの今後がどうなるのか、沢田が遺言状についてこれ以上何も言うつもりがないとわかったからだろう。彼らがそれ以上のことに興味がないということ・・・。それも仕方がないことではあるが・・・。なんとも醜い欲に憑かれた連中ばかりなのだろうか・・・。 千夏は深い溜息を吐いて沢田の方へと目を向けた。
 そろそろ沢田の本題とやらを聞く時が来たようだ。沢田が席を立ち一条を伴って近づいてくる。舞子と優花は彼らの後ろで見守っている。だが、舞子は刺すような視線を千夏へ向けた。それは夫を奪った相手であり、夫を死に追いやった人間へ向ける憎しみに近い眼差しではないだろうか・・・。千夏は彼女から目を逸らさなかった。千夏は正次の命を奪った犯人をかならず見つけ出すという思いを込めて見返した。



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