一条が戻ってくる前に、三人は出したものを元に戻し、何もなかったような顔をして彼を迎えた。
一条は三人を広間へと案内した。広間にはすでに沢田家親族らしき面々が集まり、三人が姿を見せると、話し声は波が引くように静かになった。彼女たちは異分子を見るような彼らの視線を浴び、窮屈で息が詰まりそうになりながら、一条の導くままに席に着いた。
上座には沢田隆之が座り、その左脇に顧問弁護士である大沢春直が座っている。広間には長テーブルが並べられ、沢田家親族と沢田グループの関係者に分かれている。
千夏は正次の後を引き継いで担当編集者となった、浅田拓也の姿を目にして驚いた。浅井は目が合うと頷いて見せた。なぜ彼がここにいるのか千夏は不思議に思った。沢田はこれだけの人を集めて、一体何をしようとしているのだろうか・・・。
沢田は腕を組んで目を閉じている。一条が耳打ちをすると、ゆっくりと目を開けてぐるりと広間に視線を巡らせた。
「皆さん、お忙しい中おいでいただき、心からお礼申し上げたい。ご存知のおとり、後を引き継ぐはずだった息子が何者かに殺され、誰が私の後継者となるか、世間では色々噂が飛び交っているようですが、その問題はしばらく据え置くことといたします」
広間はざわめいた。沢田はその様子を楽しむように眺め、千夏へ視線を向けるとわずかに口元を緩めた。
何を考えているの?私たちを呼んで何の意味があるの・・・。千夏は眉を顰めて沢田を見返す。私がどういう反応をするか見ようというわけ?私の反応を面白がっている・・・。この狸じじぃ・・・。後継者問題を据え置くということは、沢田グループにまだ君臨し続けるということだ。千夏が大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
「沢田会長に何かあれば、沢田グループ内は混乱するでしょう。沢田家の財産は一体誰が引き継ぐのか誰もが興味を持っていると思います。最悪の場合、遺産を巡って争いにまで発展することも考えられますよね。会長はそのことについてどうお考えですか?」
集まっている人々を観察していた千春は驚いて声を上げた。「お姉さん!」
「部外者の君には関係ないことだろう!」親族の一人が声を張り上げて言った。
「確かに部外者かもしれません。沢田グループと沢田家とも何の関係もないですから。でも、皆さんの関心は沢田グループの後継者の座に誰が付くか、沢田家の資産は誰の手に渡るのかということでしょう?ここにいる皆さんは澄まして座っていながら、そのことについて沢田会長が話題にするのを期待していたのではありませんか?」
ざわめく中、沢田は落ち着いた様子で千夏の話しを黙って聞いている。集まっているものたちは、千夏を見てひそひそと話をしている。部外者である人間が沢田家の問題に口を出すことを面白く思わない者、千夏の話に興味を持つ者、同調するかのように頷く者もいる。千夏は誰がどう思おうとどうでもよかった。誰が後を引き継ぐのかと言う関心はあるくせに、正次が殺されたことを悲しんでいる人間がこの中にどれだけいるだろうか・・・。そう思うと腹が立って仕方がなかった。
「沢田グループの後継者がどなたに決まろうと私にはまったく関係のないことです。でも、正次さんは私の担当編集者でした。彼は私のよき理解者であり、仕事の上での良きパートナーでした。その彼が私の仕事場で殺されたのです。私に興味があるのは誰が何の為に彼を殺したのかだけです。もし、沢田グループの後継者問題と、彼の死に何らかの形で関わりがあるのならそれは一体何のか知りたいだけ、真実を知りたいだけです」
「根拠もないただの噂に過ぎない。小説やテレビのドラマでもあるまいし・・・。ばかばかしいにもほどがある」親族の一人がばかにしたように鼻で笑った。
「正次さんのことについては、警察は誰がどんな理由で彼を殺害したのか捜査しているが、捜査の状況は公開されていない。私は貴方の推測は何の根拠もないと考える人がいるのは当然と思います。根も葉もない噂話に振り回されては、貴方の言う真実には到底辿りつけないでしょう」沢田グループ顧問弁護士の大沢春直は、鋭く尖った視線を千夏に向けた。
大沢と千夏の間に険悪な空気が漂い、その場の空気は張り詰めると、それまで黙っていた沢田がついに口を開いた。
「お二人とも熱のこもった議論を交わしておられる。福山先生は正次の死の真相を突き止めたいと考えている。それに対して大沢弁護士は、我が沢田グループと沢田家のことを思って守ろうとしておられるのだ。どちらも、私にとってはありがたいことだと思っています。息子がなぜ殺されたかは、後々捜査が進めばはっきりするだろう。ご存知のとおり、正次は福山先生の仕事場で殺害された。福山先生は殺された正次を発見し、大変なショックを受けられた。大変なご迷惑をおかけしたことを謝罪するつもりで今日ここへお呼びした。よからぬ噂を立てるものも出てくるかもしれないと思い、福山先生が不本意な中傷を受けないようになるだけのことはしたいと考えています」
沢田が話し終えると、それを合図のように子供が泣き出した。沢田は表情を和らげ、泣いている子供に目を向けた。
「申し訳ありません・・・」子供の母親が子供なだめながら言った。
「謝らなくてもいい、子供に静かにしろ、動くなというも無理な話だ。舞子さん、気にすることはない・・・」
母親は子供を抱き上げると沢田に頭を下げた。顔を上げた母親を見た千春は驚いた。母親は一条が地下駐車場で襲われた日に、レストランで肩にぶつかった女性だと気づいた。その女性こそ正次の元妻の北山舞子だった。

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一条は三人を広間へと案内した。広間にはすでに沢田家親族らしき面々が集まり、三人が姿を見せると、話し声は波が引くように静かになった。彼女たちは異分子を見るような彼らの視線を浴び、窮屈で息が詰まりそうになりながら、一条の導くままに席に着いた。
上座には沢田隆之が座り、その左脇に顧問弁護士である大沢春直が座っている。広間には長テーブルが並べられ、沢田家親族と沢田グループの関係者に分かれている。
千夏は正次の後を引き継いで担当編集者となった、浅田拓也の姿を目にして驚いた。浅井は目が合うと頷いて見せた。なぜ彼がここにいるのか千夏は不思議に思った。沢田はこれだけの人を集めて、一体何をしようとしているのだろうか・・・。
沢田は腕を組んで目を閉じている。一条が耳打ちをすると、ゆっくりと目を開けてぐるりと広間に視線を巡らせた。
「皆さん、お忙しい中おいでいただき、心からお礼申し上げたい。ご存知のおとり、後を引き継ぐはずだった息子が何者かに殺され、誰が私の後継者となるか、世間では色々噂が飛び交っているようですが、その問題はしばらく据え置くことといたします」
広間はざわめいた。沢田はその様子を楽しむように眺め、千夏へ視線を向けるとわずかに口元を緩めた。
何を考えているの?私たちを呼んで何の意味があるの・・・。千夏は眉を顰めて沢田を見返す。私がどういう反応をするか見ようというわけ?私の反応を面白がっている・・・。この狸じじぃ・・・。後継者問題を据え置くということは、沢田グループにまだ君臨し続けるということだ。千夏が大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
「沢田会長に何かあれば、沢田グループ内は混乱するでしょう。沢田家の財産は一体誰が引き継ぐのか誰もが興味を持っていると思います。最悪の場合、遺産を巡って争いにまで発展することも考えられますよね。会長はそのことについてどうお考えですか?」
集まっている人々を観察していた千春は驚いて声を上げた。「お姉さん!」
「部外者の君には関係ないことだろう!」親族の一人が声を張り上げて言った。
「確かに部外者かもしれません。沢田グループと沢田家とも何の関係もないですから。でも、皆さんの関心は沢田グループの後継者の座に誰が付くか、沢田家の資産は誰の手に渡るのかということでしょう?ここにいる皆さんは澄まして座っていながら、そのことについて沢田会長が話題にするのを期待していたのではありませんか?」
ざわめく中、沢田は落ち着いた様子で千夏の話しを黙って聞いている。集まっているものたちは、千夏を見てひそひそと話をしている。部外者である人間が沢田家の問題に口を出すことを面白く思わない者、千夏の話に興味を持つ者、同調するかのように頷く者もいる。千夏は誰がどう思おうとどうでもよかった。誰が後を引き継ぐのかと言う関心はあるくせに、正次が殺されたことを悲しんでいる人間がこの中にどれだけいるだろうか・・・。そう思うと腹が立って仕方がなかった。
「沢田グループの後継者がどなたに決まろうと私にはまったく関係のないことです。でも、正次さんは私の担当編集者でした。彼は私のよき理解者であり、仕事の上での良きパートナーでした。その彼が私の仕事場で殺されたのです。私に興味があるのは誰が何の為に彼を殺したのかだけです。もし、沢田グループの後継者問題と、彼の死に何らかの形で関わりがあるのならそれは一体何のか知りたいだけ、真実を知りたいだけです」
「根拠もないただの噂に過ぎない。小説やテレビのドラマでもあるまいし・・・。ばかばかしいにもほどがある」親族の一人がばかにしたように鼻で笑った。
「正次さんのことについては、警察は誰がどんな理由で彼を殺害したのか捜査しているが、捜査の状況は公開されていない。私は貴方の推測は何の根拠もないと考える人がいるのは当然と思います。根も葉もない噂話に振り回されては、貴方の言う真実には到底辿りつけないでしょう」沢田グループ顧問弁護士の大沢春直は、鋭く尖った視線を千夏に向けた。
大沢と千夏の間に険悪な空気が漂い、その場の空気は張り詰めると、それまで黙っていた沢田がついに口を開いた。
「お二人とも熱のこもった議論を交わしておられる。福山先生は正次の死の真相を突き止めたいと考えている。それに対して大沢弁護士は、我が沢田グループと沢田家のことを思って守ろうとしておられるのだ。どちらも、私にとってはありがたいことだと思っています。息子がなぜ殺されたかは、後々捜査が進めばはっきりするだろう。ご存知のとおり、正次は福山先生の仕事場で殺害された。福山先生は殺された正次を発見し、大変なショックを受けられた。大変なご迷惑をおかけしたことを謝罪するつもりで今日ここへお呼びした。よからぬ噂を立てるものも出てくるかもしれないと思い、福山先生が不本意な中傷を受けないようになるだけのことはしたいと考えています」
沢田が話し終えると、それを合図のように子供が泣き出した。沢田は表情を和らげ、泣いている子供に目を向けた。
「申し訳ありません・・・」子供の母親が子供なだめながら言った。
「謝らなくてもいい、子供に静かにしろ、動くなというも無理な話だ。舞子さん、気にすることはない・・・」
母親は子供を抱き上げると沢田に頭を下げた。顔を上げた母親を見た千春は驚いた。母親は一条が地下駐車場で襲われた日に、レストランで肩にぶつかった女性だと気づいた。その女性こそ正次の元妻の北山舞子だった。

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