第16話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 三日後、沢田隆之が退院したと一条から連絡が入る。三姉妹はそれを聞き一応に胸を撫で下ろした。
 月が変わっても一向に涼しくならない。一時雨が降ると天気予報では言っていたが、まったくその気配はなく、じっとしていても汗が滲むほどだ。
 連続殺人事件が、福山家の敷地内で起きたことで、世間の目は福山三姉妹に注目が向けられていた。執拗なマスコミの格好の餌食となり、三姉妹は世間の好奇な目に曝されることに・・・。
 千春はカメラマンだというのに、何処の者とも知れない人間たちに追いかけられ、シャッターやフラッシュの洗礼に遭う。千秋はレポーターやらフリージャーナリストと名乗るマスコミ関係者に追いかけられうんざりしていた。職場にまで押しかけてくるずうずうしさに呆れるばかりだった。
「一人で出歩くな、やれ、早く家に帰れ、無闇に男と出かけるな、なんなのよ・・・」千秋はむすっとして言った。
- おいおい、無闇に男と出かけるな・・・って言ったか?千秋そりゃ違うだろう? -
「煩い(うるさい)わね、言葉の文(あや)よ・・・」
「千秋あんた、何一人でぶつぶつ呟いてんの?」千夏は怪訝そうに千秋を見た。
首を捻りながら千秋は考える。ん?私、誰かと喋ってたきがするけど・・・気のせい?
「おかしくもなるわね・・・。こうも暑くちゃ・・・。それにどうにかならないかしら、そこらに張り込んでいる野次馬たち・・・」
 千夏はテーブルに肘を付き、掌に顎を乗せて溜息を吐く。
「まったくあんなのがいるから、一条直也にあんなこと言われることになるのよ」
いらついたようにテレビのチャンネルをかえる千秋。
「呼び捨てかい、あんたね~」呆れたように千秋を見る千夏。
「むかつくのよ、あの男!子供じゃないんだから、自分の身は自分で守るって言うのに・・・。あれしろ、あれはするなって指図するなって言うのよ」
 千秋ときたら、彼のことになると異常にテンションが上がる。一条は彼女を逆なでするつぼを心得ているのではないかと思ってしまう。箸にも棒にもかからないつまらない男なら千秋は相手にはしないだろう。自分に影響力のある相手に対して、自分の弱さを見抜かれまいとする防衛本能のようなものが働く為なのか・・・。それだけ相手に対して畏怖のようなものを感じているのかもしれない。それだけ魅力というか、彼には磁力のようなものがある・・・って言うことなのよね。などと、勝手に解釈する千夏であった。
「それより、私たちをまた呼び出してどうしようって言うのかしら・・・」
「沢田会長は私たちに話したいことがあると言って呼び出したけど、結局倒れちゃってあのままだったから、そのことではないかしら・・・」
「三人一緒に来るようにと念押しされたけど・・・。あなたたち忙しいでしょう?」
「私は一緒に行くわよ。千春姉さんはどうかわからないけど・・・」
「今日も忙しくて、帰宅が遅くなるって言ってたわ・・・。明日でも聞いてみるわ・・・」

 千夏は正次が横たわっていた場所に立った。正次が殺されたことを現実のものとして受け入れるのが怖かった。彼が死ぬわけがない、絶対・・・。生々しいあの光景が蘇り千夏は顔を背けた。信じたくなかった、認めたくなかった・・・。唇を噛み込み上げる涙を瞬きでごまかそうとする。
 池で亡くなった三人の被害者とは、遺体として対面することはあっても、どんな人だったのかも、実際には会ったことはまったくない。だが、正次は違う・・・。かつては心から愛した人だった。大切な人をこんなかたちで失うことがこんなにも辛いとは・・・。
 悔しい、許せない・・・。どんな理由があろうとも人が人の命を奪うことが許されていいはずがない。暗闇に潜んで人が苦しむのを見て、細く笑む輩を必ず引きずり出してやる。神に差し出して罰してやるわ・・・。
 千夏はこの部屋で何が起こったのか知りたかった。なぜ彼はここで殺されたのか、犯人と彼との間でどんな会話が交わされたのか、犯人は何の目的でここに忍び込んだのか・・・。単独の犯行ではなく、少なくとも彼以外の二人の人間が現場にいたということがわかっている。
 強盗ならば金品や貴金属を盗んでいくはずだが、あいにくここにはお金に換わるようなものはほとんど置いていない。私にとっては自分が書いた原稿こそ価値があるもので強盗にとってはたいした価値はない。重要なファイルはノートパソコンの中にあり、そのノートパソコンはあの日、自宅に置いていたため無事だった。
 ひとつだけ気になることがある。沢田正次に渡した原稿は何処にあるのかということだ。彼は必ずチェックして返すと約束したのだ。彼がその約束を守らないはずがない。事件直後はショックのあまり思考力に欠けて何も考えられなかったが、少し落ち着いた頃になって、もしかしたらと思ったのだ。正次は原稿を持ってここへ来ていたのではないだろうか・・・。探してみたが原稿は見つかっていない。コピーを取っていたので、もしものことがあっても困ることはない。その原稿のコピーは古びた表紙のペーパーファイルに綴じ込んである。その表紙には子供が書いたような『夏休みの思い出』というタイトルが見出しになっている。盗まれることもなくひっそりと本箱の中に納まっている。
 二つの事件と今回の事件がもし結びついているとしたら?それとも沢田グループの後継者問題と関係しているだけで、二つの事件とはまるで関係ないことなのか・・・。
 千夏は弱々しく目を閉じた。少なくとも私は、この三つの事件と深く関わっていることには変わりない。私は三つの事件共に第一発見者なのだから・・・。
 千夏は本箱の上にある写真立てに目を向けた。笑っている兄の目と合った気がした。
 兄さん?私どうしたらいいの?怖い・・・。本当はとっても怖いのよ。飲み込まれてしまいそうになるのよ。弱い人間だから恐怖のあまり震えそうなの・・・。立ち向かう勇気がほしい・・・。大丈夫だって言ってよ。ねえってば!兄さんてば~!千夏は嗚咽を堪えてしゃがみ込むと両腕で自分を抱きしめた。

 窓の外は暗闇に包まれていた。やがて雲が晴れて月は顔を出して星が煌めく。月明かりの下でポプラが浮かび上がる。風はなくポプラは沈黙したままそこに立っていた。千夏が苦しんでいるというのに、ポプラは何もできないもどかしさにじっと耐えるかのように・・・。








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