第34話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 翔がマスコミに今回の写真集は吉良大助と千春の共同制作だとマスコミにうっかり漏らしてしまった。そのことによって、マスコミは連日のように千春の身辺を張り込んでいた。事件のことや今回のことで福山家の周りは騒がしく、当分騒ぎは収まりそうもない。
 撮影の期日は近づいていた。撮影を順調に進めるために、撮影場所や撮影期間をマスコミに伏せなければならない。
翔の写真集は今まで全て吉良大助が手がけていた。スーパーモデルの翔と世界的カメラマンである吉良という組み合わせに注目が集まると言うのも当然のことだと言える。
今回の翔の写真集騒ぎや、未だ進展の見られない殺人事件、世間の注目を集める二つの出来事に関わることになった福山姉妹にとって、しばらく平穏な日々を過ごすことはできそうにない。
 千夏は連日マスコミが福山家やハウスに押しかけてくることにうんざりしていた。そんな中、学生時代の同級生だった神尾勇生が福山家を訪れた。
「捜査は進んでるの?」
「捜査状況を一般人にべらべらしゃべると思うかい?」神尾は口元をわずかに歪めた。
「じゃあ、なぜ来たわけ?」
「様子を見に来た。君の義理の妹が暴漢に襲われてから、その後何か変わったことはないか?」
「そんなこと聞くの?」千夏はうんざりと言うふうに首を竦めた。「平和そのものよ」
 神尾は千夏の皮肉に苦笑いを浮かべる。
「私に文句を言うなよ。マスコミが色々かぎまわっていることは知ってる。君が小説家、妹はカメラマンだからそれもしょうがないだろが・・・」
「励ましのお言葉痛み入ります」千夏はわざとらしくかしこまったように言った。
 神尾はわずかに眉を上げる。彼女がどんな相手か心得ているつもりだ。彼女のペースに飲まれる前に、先手を打たなければならない。昔から彼女にはなぜか弱い神尾である。
「千春さんだったね。人気モデルの写真集のカメラマンに抜擢されたとか、何処で撮影が行われるのか聞いているかい?」
「そんなこと聞いてどうするの・・・」
「さっきも言ったように、君たちの安全を確保しなければならない」
「それって、もしかしたら何かわかったってこと?」千夏は身を乗り出す。
 やれやれ、そらきた・・・。神尾は気を引き締める。
「自覚してほしいね。君たちの住んでいるこの敷地内で親子の死体が発見され、その後友美さんが暴漢に遭った。その上千春さんのこと・・・。何が起きたとしてもおかしくはない状況だ」
「はいはい、自覚します。で、どうなの?」
 神尾は上を向き唸った。「好奇心もいいが、自分の身を守ることが第一だろう。第一発見者は君だ。その上君はここで仕事している。それだけでも十分危険な状況だろう」
「神尾君、鼻が膨らんでいるわ」
 神尾は鼻を手で押さえる。
「だからなんだ」
「変わらないわね。興奮するとあなたって鼻を膨らませるのよね」千夏は神尾に向かってにっと笑う。
「馬鹿いえ!誰でも興奮すりゃ鼻の穴ぐらい膨らむ・・・」
「あなたって刑事の癖にわかりやすいわ・・・」
「何がだ・・・」
「捜査の進展ありって、あなたの顔見ただけでわかるわよ」
「素人に何がわかる。探偵ごっこは子供がすることだ。それより、吉良大助はマスコミをシャットアウトして撮影に入るだろう・・・。おい、聞いているのか」
 千夏は神尾の話など耳に入ってなどいないらしく、別のことに気を取られているようだった。おもむろに神尾を見る。
「あなたに頼みたいことがあるの・・・」

 千春は執拗につけまわすマスコミを巻くように、喫茶店の裏からそっと抜け出す。カメラを肩にかけてバックを握り締めると、外に出て自分を待つ車へと急いだ。
「神尾さんすみません、無理なお願いをして・・・」
「いや、かまわない。彼女に言われるまでもなく、そのつもりだった」神尾はエンジンをかける。
 神尾の真意を図りかねる千春であった。友美が暴漢に襲われたことと何か関係があるのかもしれない。 自分たちが置かれている状況を考えると、安全を確保するという警察側の言い分に従う方が無難だ。
 翔と落ち合う場所まで来ると、神尾に礼を言って車を降りた。神尾は運転席の窓を開ける。
「何かあったら連絡してください。いいですね」
 神尾の車を見送り、千夏は翔が現れるのを待った。梅雨に入っていたが、空は晴れ渡り太陽の日差しが眩しい。
 道路に面した駐車場で千春は翔が現れるのを待った。駐車場の回りは背の高い雑草がはびこっている。フェンスからはみ出した草に日差しが降り注ぎ反射する。
 吉良の別荘がどんなところなのか想像もつかない。吉良側のスタッフも滞在すると聞いている。途絶えることない車の列を眺めて千春は物思いに浸る。
 駐車場に赤いスポーツカーが、エンジン音を響かせながら入ってくる。千春は目を細めて思わずはっとする。その車には見覚えがある。
 車はゆっくりと千春の前で止まった。運転席からサングラスをかけた翔が姿を現す。
「やあ・・・」翔はサングラスをはずして、眩しげに千春を見つめた。
「いつもの車じゃないのね」
 翔に見つめられるといつも落ち着かない気持ちになる。目を逸らして車を見るふりをする。
 翔は助手席のドアを開ける。「これはプライベート用、私の愛車さ・・・。さあ、どうぞ。親指姫・・・」わざとらしくジェントルマン風に頭を下げるとにやりと笑う。
「やめてよ、もう・・・」張り詰めた緊張が解けるように千春は笑った。「目立つ車で来て大丈夫なの?」
「ああ、マスコミを巻くのは得意だよ。そこのところは高橋さんが心得ているよ」
「高橋さんはいいマネージャだわ」
「彼女とは長い付き合いだからね。母も彼女に絶大な信頼を置いていた。母は人になかなか心を許さない人だった。その母が彼女だけには心を許していた」まるで遠い記憶を手繰り寄せるように言った。
「そう・・・」
 時々よそよそしく人を遠ざける。翔もまた人に心を開くことを恐れている。いつか私にその心を開いてくれるだろうか・・・。
 華やかであればあるほど、翔が孤独で壊れそうな少年のように見える。
「千春・・・」
「ん?」ハンドルを握る翔の横顔を見る。
「いや、なんでもない」
 翔は斉藤正和と千春の関係を聞きたかった。だが、聞くことができずにいる。男と女の関係だったなどと聞くつもりなのか?まだ千春が斉藤に思いを残しているとしたら?
 今はまだ知りたくない・・・。彼女といる瞬間が続くことだけを考えろ・・・。そう・・・。今だけは・・・。


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