第30話 | 紫苑の扉

紫苑の扉

主にストーリーと詩を書いています。
あるがままに、そのままに・・・。
徒然に気ままに

 洗練された雰囲気と魅力、精悍で逞しい体つきと言うべきか・・・。弁護士ともなれば頭脳明晰。大沢も同じ弁護士であるが、一条と並べばその存在も影が薄くなる。それほどまでに強烈な印象を残す一条と言う男は何者?
「ご親切にどうも・・・。それじゃあ正次さんお先に・・・」
 今さら過去のことを穿り返したところで何かが変わるとは思えない。この場をそそくさと逃げ出すことが何より大事、一刻も早くこの場から立ち去さらなければと焦る、そんな彼女の腕を正次が掴んだ。
「私は彼女とお付き合いをしています」
 千夏は正次の宣戦布告とも思える発言に耳を疑った。
「あなた何を言っているの?自分が言っていることがわかっているの?悪い冗談はやめて」
「もちろん承知しているさ・・・」
「彼の言うことを真に受けないでください」千夏は沢田に向かって首を振る。「私の気持ちは以前と変わっていません。それに、私はお付き合いしている人がいます」
 付き合っている?誰と?千夏は思わず相場がいるテーブルに視線を向ける。一瞬相場と目が合うが、千夏は目を逸らす。相場はここのホテルのオーナーとこちらを見ている。助けてほしいのに、その本人は美人と食事中。現実は小説のようにはうまくいかないものだ。自分が好きなようにストーリーを書き、結末を決めるのも自分なのに、現実は何も決められないし、運命は変えられない。
「お付き合いをしている男性がおられるのなら、息子の独り相撲ということだ。頭を冷やした方がいい・・・」
沢田は冷静を装いながらも、息子に対して腹を立てている。自分の思い通りに物事を動かすことに慣れている沢田は、刃向かう相手が息子であろうと容赦しないだろう。
 相場は千夏が正次と一緒にここへ来ていると知って、心中穏やかではなかった。
「沢田グループトップの面々と一緒にいるのは誰かしら・・・。一条さんは沢田氏のお気に入り。弁護士でありながら、ビジネスセンスは抜群だそうよ。沢田氏が自分の右腕として迎えたと聞いているけど・・・。それにしても、沢田親子が一緒にいるのは珍しいわね。あの親子の確執は世間の噂だけど・・・」
「ちょっと失礼してもいいかな・・・。彼女は私の知り合いです」
「あら、そうなの・・・。何か訳ありのようね・・・。構わないわ、許して差し上げるわ・・・」ホテルのオーナーは余裕たっぷりに微笑んだ。
 相場は席を立ち千夏のいるテーブルに向かって歩き始める。
 一体私は何をしようとしているのだろうか・・・。私の心が早く行けと言っている。私はその直感に従うだけだ
 千夏を守らなければと言う本能的なものが彼を動かしたと言えるかもしれない、彼自身そのことに気づいてはいなかった。

「千夏さん」
「相場さん・・・」
 突然現れた相場に戸惑いながらも、安堵する気持ちで一杯になる。
 相場は沢田を見て軽く頭を下げ、名刺を沢田に差し出す。
「沢田グループの沢田隆之さんですね。フラワーショップを経営している相場武史と言うものです」
「ほう・・・。ここのオーナーが話していた、フラワーショップを経営している男性と言うのは・・・」
「相場さんは私の亡くなった兄の親友でした」
「今は千夏さんとは親しくお付き合いさせていただいています」
「ほう・・・、福山先生が付き合っている男性というのは相場さんと言うわけですか・・・」
 否定するだろうと千夏は覚悟していた。そっと相場を盗み見る。
 相場は千夏をまっすぐに見つめた。「正式に申し込んではいませんが、彼女との結婚を真剣に考えています」
 千夏は首まで赤くなっていないだろうかと不安になる。正次が自分とよりを戻したがっていることも、千夏がそれを否定していることもわかっている。だからこそ、相場が芝居を打ち自分を救い出そうとしている。それは十分すぎるほどわかっていることだけれど・・・。この嘘が本当ならばどんなにいいだろうか・・・。
 正次は顔を強張らせ、視点の合わない目を空に漂わせている。そんな正次を見つめていた一条が機転を利かせて言った。
「福山先生。せっかくのところをお邪魔して申し訳ありませんが、正次さんをお借りします。正次さん、会食に出席していただけますね」
「私は諦めてなどいない」
「女々しいぞ、正次」
 正次は父親を睨みつけた。「あなたは汚い手で、私たち二人を引き離そうとした。彼女を侮辱して傷つけた」
「やめて、いまさらそんなこと穿り返してどうなるの・・・。私は小説家としてのプライドがあるわ・・・。自分が選んだ道、下した決断が間違っていたとは思ってない。
「いい加減目を覚ませ、お前は私の後継者だ。出版社などやめて戻って来るんだ」
「私がどう生きるか、それは自分で決める。あなたの思い通りにはならない。それにあなたの後継者は別にいる。あなたの後継者としてめがねに敵った人がね・・・」正次は一条に目を向けた。
 一条は黙って正次を見返す。二人の間には緊張感が漂っていた。父親への反発から親子の確執は決定的なものになっていた。その根は深く広がる一方だ。
「沢田会長お会いできて良かったと思っています。過去はどうであれ、沢田グループ益々のご発展を願っています。お忙しくなさっているのはいいですが、お体には十分気をお配りくださいませ。これで失礼いたします」
「お気遣いありがとう・・・」沢田は千夏に微笑みかけた。
 今までとは違う何かが沢田と千夏の間に流れていく。不思議な感覚だった。沢田を憎んでいたはずなのに、そんな感情はとっくに消え去っていた。
 沢田も一人の人間であり一人の父親に過ぎない。不器用ではあるが沢田は息子である正次に、父親としてできることをなんとか形にしようとしているだけなのだ。
 多少強引ではあるが、父としての愛情が確かに存在している。千夏はそう信じたかった。

 沢田に失礼しますと言って前を見ると、客の視線が自分に一斉に向けられているではないか・・・。
 注目を集めるのは無理ないことだった。レストランの真ん中で言い争ったり、睨み合ったかと思うと握手をして笑顔で別れの挨拶をしたり・・・。なんでこうなるわけ?千夏は心の中でぶつぶつ呟いていた。
 千夏の横に相場が立ち肩を叩く。
「ここを出よう。私と並んで歩けばいい・・・」
 レストランでの出来事は、千夏の神経をすり減らすことばかりだった。相場がそばにいるだけで安心できる。だが、あくまでもこれは芝居であって、二人は恋人同士ではないのだ。
 何よ、鼻の下伸ばして・・・。千夏はつんとして相場を無視するように歩調を速める。相場は何も言わず千夏の歩調に合わせて歩いてくる。レストランを出ると腹が立つほど千夏の息が上がっていた。




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