正次に連れられて行ったレストランは、彼の父親が所有していたホテルの中にある。
街の実力者であり沢田グループのトップである沢田隆之は、数年前このホテルを手放した。しかし、沢田グループの影響力は今もなお顕在と残っている。
千夏は何度来ても、落ち着かない居心地悪さを覚える。沢田隆之に関わる全てを意識的に避けてきた。それでも決然とした存在が影のように付き纏って離れない。足掻けば足掻くほど絡みつく蜘蛛の巣のように・・・。
「何を考えている・・・」
正次の低い声がすっと千夏の耳に入ってくる。それは自然で心地良く耳に響いてきた。
「別に・・・」千夏は軽く首を傾げて微笑む。
「変わらないな、その仕草・・・」
「え?」
「君がそうして首を傾げて微笑む。リラックスできないとそんなふうには笑わない」
「そうかしら・・・」千夏は首を竦める。
「私は何年も君を見てきた。たとえ何年かのブランクがあったとしても、君がどんな心理状態かぐらいはわかるつもりだよ」
まっすぐに自分を見つめる正次、自信たっぷりに振舞うところは以前と変わらない。
「ずいぶん自信たっぷりじゃない。そんな簡単に人の心がわかるなんて・・・」
「誰でもわかると言うわけじゃない。君のことならわかると言うだけさ・・・」
千夏は何気なくレストランの入口に目を向けた。
「あれは相場さんじゃないかい?」
「ええ、そうみたいね・・・」千夏は動揺を隠し、静かに答えた。
「それも一人じゃない、誰か連れがいるようだ・・・」
相場はいつもの仕事着姿ではなく、背広にネクタイ姿。フラワーショップで働いている人間にはとても見えない。連れはフラワーショップに来ていた客に間違いない。
沢田グループが所有するこのホテルを買い取った夫がなくなった後、後を引き継いでオーナーとなった未亡人。
「美人だろ?結構あの二人お似合いじゃないかい?」
お似合い?千夏は思わず相場を見た。二人は席に着き、親しげに話し込んでいる。
千夏は息を深く吸い込んだ。相場が誰と食事をしようとそれは自由。それにしても相場は何を考えているのだろうか。最近の相場の様子がおかしいと友美が言っていた。共同経営者である友美に店を任せると、相場は一人どこかへ出かけてしまう。
ぼんやりと考えていた千夏は、正次が何か自分に向かって問いかけているのに気づく。
「何?」
正次は相場に気を取られて、自分の存在を忘れたように押し黙る千夏に苛立つ。
「君は私と食事に来たんじゃないのか?君ときたら相場さんのことに気を取られている。それに、彼は君のお兄さんの親友と言うだけだろう?誰と食事しようが関係ないだろ」
千夏は答えずに黙っていた。いや、千夏は別のことに気を取られて答えられなかったのである。
千夏は目を疑った。なぜ今なの?こんな形で再び会うことになとは想像もしなかった。テーブルの下で手を握り合わせ、その手を膝に置いた。どうしようもなく手が震えそうで、千夏は自分の心を落ち着かせようと必死だった。
「今度は何だ?いい加減にしてくれない・・・」
正次は最後まで言い切ることなく顔を強張らせた。
今一番会いたくない人物が、部下を引き連れて千夏たちのテーブルに近づいてくる。千夏の頭から相場の存在が消え、屈辱的な過去が蘇ってくる。
君は息子にはふさわしくない、息子から手を引いてくれるのなら望む金額を出そう。そんなものはいらないと言う千夏に、君は売れない三流小説家だと屈辱的な言葉を浴びせた張本人・・・。
どんなことを言われようと、自分の信じるもの、自分が書きたいものを書く。自分一生の仕事として選んだ小説家というプライドにかけて、自分の信念を貫き通そうと誓った。
正次は父親に反発して家を飛び出し、アルバイトをしながら大学へ通い、大学を卒業後出版会社に勤めていた。千夏と出会ったのは正次がアルバイトをしながら大学へ通っていた時だった。沢田親子の不和はすでに周知のことだったが・・・。
街の実力者であり沢田グループのトップである沢田隆之は、数年前このホテルを手放した。しかし、沢田グループの影響力は今もなお顕在と残っている。
千夏は何度来ても、落ち着かない居心地悪さを覚える。沢田隆之に関わる全てを意識的に避けてきた。それでも決然とした存在が影のように付き纏って離れない。足掻けば足掻くほど絡みつく蜘蛛の巣のように・・・。
「何を考えている・・・」
正次の低い声がすっと千夏の耳に入ってくる。それは自然で心地良く耳に響いてきた。
「別に・・・」千夏は軽く首を傾げて微笑む。
「変わらないな、その仕草・・・」
「え?」
「君がそうして首を傾げて微笑む。リラックスできないとそんなふうには笑わない」
「そうかしら・・・」千夏は首を竦める。
「私は何年も君を見てきた。たとえ何年かのブランクがあったとしても、君がどんな心理状態かぐらいはわかるつもりだよ」
まっすぐに自分を見つめる正次、自信たっぷりに振舞うところは以前と変わらない。
「ずいぶん自信たっぷりじゃない。そんな簡単に人の心がわかるなんて・・・」
「誰でもわかると言うわけじゃない。君のことならわかると言うだけさ・・・」
千夏は何気なくレストランの入口に目を向けた。
「あれは相場さんじゃないかい?」
「ええ、そうみたいね・・・」千夏は動揺を隠し、静かに答えた。
「それも一人じゃない、誰か連れがいるようだ・・・」
相場はいつもの仕事着姿ではなく、背広にネクタイ姿。フラワーショップで働いている人間にはとても見えない。連れはフラワーショップに来ていた客に間違いない。
沢田グループが所有するこのホテルを買い取った夫がなくなった後、後を引き継いでオーナーとなった未亡人。
「美人だろ?結構あの二人お似合いじゃないかい?」
お似合い?千夏は思わず相場を見た。二人は席に着き、親しげに話し込んでいる。
千夏は息を深く吸い込んだ。相場が誰と食事をしようとそれは自由。それにしても相場は何を考えているのだろうか。最近の相場の様子がおかしいと友美が言っていた。共同経営者である友美に店を任せると、相場は一人どこかへ出かけてしまう。
ぼんやりと考えていた千夏は、正次が何か自分に向かって問いかけているのに気づく。
「何?」
正次は相場に気を取られて、自分の存在を忘れたように押し黙る千夏に苛立つ。
「君は私と食事に来たんじゃないのか?君ときたら相場さんのことに気を取られている。それに、彼は君のお兄さんの親友と言うだけだろう?誰と食事しようが関係ないだろ」
千夏は答えずに黙っていた。いや、千夏は別のことに気を取られて答えられなかったのである。
千夏は目を疑った。なぜ今なの?こんな形で再び会うことになとは想像もしなかった。テーブルの下で手を握り合わせ、その手を膝に置いた。どうしようもなく手が震えそうで、千夏は自分の心を落ち着かせようと必死だった。
「今度は何だ?いい加減にしてくれない・・・」
正次は最後まで言い切ることなく顔を強張らせた。
今一番会いたくない人物が、部下を引き連れて千夏たちのテーブルに近づいてくる。千夏の頭から相場の存在が消え、屈辱的な過去が蘇ってくる。
君は息子にはふさわしくない、息子から手を引いてくれるのなら望む金額を出そう。そんなものはいらないと言う千夏に、君は売れない三流小説家だと屈辱的な言葉を浴びせた張本人・・・。
どんなことを言われようと、自分の信じるもの、自分が書きたいものを書く。自分一生の仕事として選んだ小説家というプライドにかけて、自分の信念を貫き通そうと誓った。
正次は父親に反発して家を飛び出し、アルバイトをしながら大学へ通い、大学を卒業後出版会社に勤めていた。千夏と出会ったのは正次がアルバイトをしながら大学へ通っていた時だった。沢田親子の不和はすでに周知のことだったが・・・。
「これは、これは・・・。小説家の福山先生ではありませんか・・・」
表面上は穏やかに見えるが、沢田隆之は抜け目なく千夏を観察している。
「ご無沙汰しております」千夏は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「息子も元気そうだな・・・」
父親に目もくれず、正次は隣に立っている背の高い男に笑いかける。
「一条さん、珍しいこともあるものですね。食事会に顔を出すなんて・・・」
「F・B社と共同開発することが決まったものですから・・・」背の高い男は、千夏に軽く頭を下げた。
千夏は一条に好感を持った。沢田のもう一人の部下は一条とは対象的で、千夏を一瞥するとすぐさま正次に話しかけた。
「正次さんが所有する株にも関係がある会社です。貴方にも同席していただけたらどうかと思いまして・・・」
千夏は何度かその男と会ったことがある。その度にぞっとするものを感じた。どんよりとした目と人を見下したような態度を見せる。大沢春直はいわば顧問弁護士として、沢田隆之の事業全てに関わっている。
「あなたも同席なさったら?私はこれで失礼します」千夏はバックを掴む。
「君と食事に来ただけだ。だいたい・・・」
正次の言葉を遮るように沢田が口を挟んだ。
「福山先生、事件のことニュースで知りましたがたいへんでしたね。何か困ったことがありましたら、こちらの一条に連絡していただければ力になれると思いますよ。彼は弁護士でもありますから」沢田隆之は千夏に微笑を浮かべると一条を見る。
一条は沢田隆之に頷くと、自分の名刺を千夏に差し出す。
「福山さんのことは正次さんから色々伺っています。こうしてお会いできて光栄です。何か困ったことがありましたら、いつでもご連絡ください」

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表面上は穏やかに見えるが、沢田隆之は抜け目なく千夏を観察している。
「ご無沙汰しております」千夏は立ち上がり、軽く頭を下げた。
「息子も元気そうだな・・・」
父親に目もくれず、正次は隣に立っている背の高い男に笑いかける。
「一条さん、珍しいこともあるものですね。食事会に顔を出すなんて・・・」
「F・B社と共同開発することが決まったものですから・・・」背の高い男は、千夏に軽く頭を下げた。
千夏は一条に好感を持った。沢田のもう一人の部下は一条とは対象的で、千夏を一瞥するとすぐさま正次に話しかけた。
「正次さんが所有する株にも関係がある会社です。貴方にも同席していただけたらどうかと思いまして・・・」
千夏は何度かその男と会ったことがある。その度にぞっとするものを感じた。どんよりとした目と人を見下したような態度を見せる。大沢春直はいわば顧問弁護士として、沢田隆之の事業全てに関わっている。
「あなたも同席なさったら?私はこれで失礼します」千夏はバックを掴む。
「君と食事に来ただけだ。だいたい・・・」
正次の言葉を遮るように沢田が口を挟んだ。
「福山先生、事件のことニュースで知りましたがたいへんでしたね。何か困ったことがありましたら、こちらの一条に連絡していただければ力になれると思いますよ。彼は弁護士でもありますから」沢田隆之は千夏に微笑を浮かべると一条を見る。
一条は沢田隆之に頷くと、自分の名刺を千夏に差し出す。
「福山さんのことは正次さんから色々伺っています。こうしてお会いできて光栄です。何か困ったことがありましたら、いつでもご連絡ください」

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