解説: 楽しい日々を送る医大生が一念発起し、カンボジアの子どもたちのために学校を建設しようと奔走する姿を描く青春ストーリー。『同じ月を見ている』の深作健太が監督を務め、現役大学生・葉田甲太の体験記を映画化した。ボランティアを行動に移す主人公を熱演するのは、本作が映画初主演の向井理。カンボジアの非情な現実を目の当たりにした若者たちが、学校建設ボランティアを通して自分自身と社会を見つめ直す姿が共感を呼ぶ。
あらすじ: 医大生のコータ(向井理)は友人たちと楽しい日常を過ごしていたが、何か物足りなく感じていた。ある日、海外支援のパンフレットに目が止まったコータは、すぐに知り合い全員に「カンボジアに学校を建てよう!」とメールを送る。実際に現地へリサーチに行くまでに活動を本格化させるが、そこには想像以上の現実が待ち構えていて……。
お気に入り度:★★★★★
(冴えない大学生が)カンボジアに学校を建てる事で自分を変えたいという安易な発想を機に、周りを巻き込み、次第に本気になっていき、学校建設を実現するという実話に基づいたストーリー。
劇中でカンボジアを訪れるシーンは映画と言うより寧ろドキュメンタリー。
現地ガイドさんは役者なのか?本当の現地ガイドさんなのではないか?
向井理自信も、素になってガイドさんの話を聞いているようにしか見えなかった。
それだけに、ガイドさんの話に全くの偽りが無く感じられ、言葉が心に響く。
この映画でポル・ポト政権時代の悲惨さを知った。恥ずかしながら、今まで無知だった。
主人公達が、悩んだ末に(学校建設に)本気になったのも理解できる。
帰国した後のシーンからはドキュメンタリータッチから一転、映画タッチへ流れる。
しかし、最後の方のシーンで「大変だった」泣きながら話す主人公の挨拶が心に響かない。
クラブでの収益やら企業のバックアップやら、他力本願で稼いだお金にしか感じられなかったから。
ただ、何と言おうと実際にやる事が大事なのは言うまでもない。
「偽善だ」とか「もっと有意義な支援方法がある」とか言うのは勝手だが、
それを自らが実践していないのであれば、実際に行動に移し実現した彼らの方が正しい。
だから、俺なんか彼らの足元にも及ばない。
実際にアクションを起こし、足跡を残し、自分を変えたいが中々できない。
思う時は時々あるけれど、行動に移せない。俺は自分すら変えることができない。
【ポル・ポト政権】
政権発足後、首都プノンペンに住む、200万人を超える市民を強制的に退去させ、農村で働かせる。
都市で生活していた高額所得者(経営者や金融関係者)、知識人層(医者、教師、ジャーナリスト、役人、技術者)といった西洋的な都市における物質的豊かさを享受していた人々。そうした人々は新しい国づくりの邪魔になる、また知識人階級は「反乱を起こす可能性がある」とされ殺害された。
信用できるのは新カンボジアを作ろうとしてきたカンボジア共産党員(クメール・ルージュ)とその支持者、そして過去の記憶を持たない無垢な子どもたちのみとされた。大人は西洋文明に侵された、社会に害のある存在。そのため、子どもたちは自分の親から引き離されて育てられた。
市場経済の廃止、寺院・学校の廃止(教育は生産労働の中から生まれるものとされ、内容は、労働と政治教育に限られた。)西洋文明(自動車、テレビ、ラジオ、靴、医学、近代住宅)は否定した。
古き良きカンボジア独自の質素で堅実な自給自足の農村生活を行うべきであるとされた。
「キリング・フィールド(ポル・ポト政権下のカンボジアで、大量虐殺が行われた刑場跡の俗称と呼ばれている場所)」では、赤ん坊は、足を持たれ、頭を木に叩きつけられて殺された。銃で殺せば弾がもったいないからという理由で。