言葉というのは便利だけれど、不便な事もあり。


号泣(ごうきゅう)という言葉があるのですが、本来の意味は大勢の人が同時に泣き叫ぶ事というところから来ているそうで。

「一人で号泣してしまった」

という使い方は本来はどうか・・・という事になるようです。


いやぁ・・・言葉知らないな私。


今まで普通に使ってましたが、知ってしまうとこれから使いにくくなる・・・のですが、号泣と同じように使える言葉が見つからないので、やっぱり「本来は違うんだけど」と思いながら使うんだろうな・・・と思うと言葉って不便なものだと思います。



しかし、時代の流れによって新しい言葉も生まれますし、使い方が変わる言葉はいくらでもあるようですから、心配はいりません。


運命学では自然が吉で不自然が凶ですから。

一人称で号泣という言葉を使うことが現代では自然になってしまっていますから、吉であると言わざるを得ないわけです。



このように運命学という角度で看ると問題が無いという事は多くあり、
過去の非常識が現代の常識、現代の常識が過去では非常識
になってしまっている事は結構多いですね。


ただし、雰囲気(ふんいき)とう言葉をフインキと発音する人がとても多いのでこれは心配。


便利な言葉はどんど使いたいですが、日本語の響きの美しさというものは失いたくないものです。



本日もご拝読ありがとうございました。
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