そもそも、プラスにもマイナスにも
振幅しない静止、絶対的な動作ゼロなんて
存在しうるのだろうか?

サイレントテロリズム
という言葉をきいた。

どんなモノかというと、
こういうことだそうだ。

●サイレントテロ
現在の社会状況、または自らの置かれた社会的状況に対して
悲観的観測を抱きながら、
それを「現実」として受け入れようとするときに起こる人々の行動。

その「悲観的状況こそが「現実」なのだ」と諦観する、
一種の「絶対観」的な「現実肯定」に基づいて、
「スロー消費」「非婚・晩婚化」「少子化」
「NEET」「ひきこもり」「自殺」などのように、
さまざまな社会活動——消費行動や人間関係、
ひいては自らの生存そのものを消極化、縮小、または消滅させていくこと。

これらの消極的かつ間接的な暴力によって、意図するとせざるとにかかわらず、
「見えない社会の空洞化」が引き起こされる。現在の社会に対する消極的抵抗、
あるいは沈黙の異議申し立てであるといえる。
 以上、はてなダイアリーより抜粋。

今の若い人達は、
消費をしない世代ということも
いわれている。

欲求もなく、提供もなく、
いわば根源的な"生"という部分にも執着のない人。
その生きながらに自殺的な状態が、
静かなるテロということなのだろうか。

スポ魂とか、暑苦しいロックとかがいつまでも好きな
私にはピンとこない部分もあるが、
こうも不景気臭ムンムンだと、
そうでなくても消極的になりがち、意気消沈も道理だ。

だけど私はいつも思っている。
もしも宝くじが当たったら
あぶく銭だし全部パーっと、
使い果たしてやろうと。

実際のとこ当ってないからわからないけどね。

この世界は、少なくとも私の暮す範囲の世界は、
お金はみんなで回し合うもので、
どこかでそれが停滞すると大渋滞(不景気)が起こるのだ。

それに金を使わないことが守りになるかと言えば、
そうではなく、かえってジリ貧になる。
これは経験則だ。

お金の話はさておき、
サイレントテロ的行動原理に関して
とやかく言える筋合いではないが、
特技も生産性も無く
食う、寝る、排泄のみの人生だとしても
ちょっとした"熱"さえあれば
それはそれで良いのではないか?
と思うのだが…

役立たずでなにが悪い。

私もソレにドンピシャ当てはまるが、
バカバカしい人生ほど楽しいものはない。

アホみたいなことに熱中して、
痛い目に合って、何度でも同じ過ちを犯し、
人に呆れられる人生。

迷惑かけて、かけられて。
なんて素敵な人間関係でしょう。

きわめて短期的な、その日暮らしでしか無いけど、
少なくとも小さなゴールがある。

サイレントテロのそこの部分で
賛同出来ない。

というかその価値観から導き出される
ゴールが怖い。

ギブ&テイクじゃない?
ギブ&ギブも、テイク&テイクもダメ。
ノーギブ&ノーテイクってのが
サイレントテロなんだろうけどね。

悲観的観測に基づくのがサイレントテロならば、
悲観をむしろ喜劇的捉えて、
ラウドテロってのはどうだろう。

ラウドテロリズム。

こっちのほうが面白いと思うんだけどな。

テロじゃないな。
ラウドライフ?

"おもしろきことなき、この世をおもしろく"
大政奉還を見届ける事無く、27歳で亡くなった
幕末の士、高杉晋作の言葉です。
みんなで"Cum on Feel the Noize"だ!!!



画像:撮影禁止の某量販店にて。
もちろん事前に知っていたら撮らない。
あんまりカッコイイ(チャリが)から、
イケメンに乗ってもらい記念撮影としました。
隣に店員さんが居たにも関わらず、
撮影を注意されなかったのが
どう考えても解せません。
深く反省したのでもう撮りませんよ。

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