完全なる罪とは?
こんなニュースがあった。
2000年シドニーで開催された夏期オリンピックにて、
女子100m、200m、1600mリレーで3つの金メダルを獲得。
さらに走り幅跳び、100mリレーで2つの銅メダルを獲得し、
女子陸上選手としてはオリンピック史上初のメダル5つに輝いたトップアスリート、マリオン・ジョーンズがステロイドの使用を認め、引退を表明。
IOCにメダルを返還した。
スポーツ選手に付いて回るドーピング問題ですが、
強者同士が極限でシノギを削る世界の話だし、
薬物使うと身体ボロボロになるって言うから、大変だなぁ国を背負うプレッシャーってのは…ぐらいにぼんやり考えていました。
しかもこの人、自分で"やりました"と言い出すなんて、どうしたんだろう?
週刊誌などに書かれそうになって、慌てて公表したのかな…とかね。
いまだに真相は定かではないが、
この度、懲役6ヶ月の実刑判決が出たとニュースで見て驚いた。
この判決をうけて、
本人は"私のようにならないで"と涙ながらにカメラに訴えたのだった。
ことさらに責任を求められる世界だし、他の選手への見せしめの意味もあるのだろう、この判決には。
しかし、判決は厳し過ぎると感じるのは私だけでは無いと思う。
これは、メンタリティーの差なのだ、多分。
そして頭をよぎるのは、去年の謝罪会見の数々である。
日本人にとっての謝罪とは、最後の最後にするものであって、
"ゴメンナサイ"といえば許される、免罪符的な行為だ。
子供の頃からそう教えられて育つ。
だからなかなか謝らない。
良い悪いではなく、認めれば負け…みたいな意地?
そういう感情はたしかにある。
ケンケンガクガク議論してると、主題からどんどん外れてしまうのも、
思うにコレがあるからなのだ。
しかし彼方では違う。
罪を認めた地点がゴールではなく、スタートラインなのだ。
犯した罪への償いがそこから始まるのだ。
マリオンを見ていて思った。
自分の所行全般、良い行いにも悪い行いにも、
分け隔てなくどちらも責任を取るという彼女の姿勢。
これはなかなか出来ないことだし、ここまで自分の罪と向き合えるものかと感心した。
そういった考え方の根底にあるのは、罪とは基本的に誰もが犯すものであり、
罪を犯す人が"悪"なのではなく、犯した罪とどう向き合いうかが問われていること。
そしてこれを全うできることが"善"であり、
"おとしまえ"の付け方がその人の価値を決めるんだなぁ…と、ニュースを見ていて思った次第である。
こうしてみると、本当の"罪"ってものが見えてくるよね。
ホントに罪人が多い国ですよ、我が国は…
ともあれ、おおやけには6ヶ月でも、
個人的には終世終わることのない重い荷を背負い、これからの人生を歩むマリオンに幸多からんことを祈るのみである。

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