私は地元のではなく、電車で二駅先の幼稚園に通っていた。
もちろん幼稚園児時代のこと。

小さな私にとって、それは結構な冒険でした。
一人ぼっちでの電車に、当初は心細い思いもしましたが、
そこは順応の早い子供のこと、次第に電車通園に慣れ、結構エンジョイしていました。

やがて車窓からながれるローカルな景色にはマンネリ感を感じましたが、
一つだけ凄く気になることがありました。

それは、丁度、真ん中の駅(二つ目の駅)手前にある建物のこと。
もっと言うと、その建造物の形に興味があったのです。
そのビルは、真四角のコンクリート製で丸い窓が沢山並んでいました。
一階部分は駐車スペースらしく、ビルは四つの太い柱で支えられていました。
あれは人の目を引くモダンな形状だったと思います。

どうして私はそのビルに興味津々であったのでしょう。

それは、当時私が"チビラくん"に夢中だったからです。
この被り物系ドラマは、NTV系列で昭和45年~47年にかけて放送されていました。
どんな番組だったかというと、子供怪獣のチビラくんが、
毎回お父さんの発明したタイムマシンに乗り色んな時代に行き、
騒動を巻き起こす…というものでした。

お父さんは"パパゴン"、お母さんは"ママゴン"と呼ばれていた…といえば、
思い出される御同輩も多いのではないでしょうか。

それに習って、当時も子供は"パパゴン"、"ママゴン"と両親を呼んでいました。
低予算の15分番組でしたが、"クレクレタコラ"よりは金が掛かっていた気がします。
円谷プロだったし。

ちょうど、"帰って来たウルトラマン"が始まる直前です。時代的には。

"ママゴン"のキャラは教育ママ的で、当時の時流を反映していたのでしょうね。
怪獣が犬を飼うっていうのもどうかと思うけど、ペットの犬もいました。

前置きが長くなったけど、そのチビラくんの家というのが、
四角くて丸い窓がいっぱいあるビルだったのです。

そしてその家は、私が通園中に電車の窓から見るビルと良く似ていました。
いや間違いなく、私の中であれはチビラくんの家だったのです。

「意外と近くに住んでいるんだなぁ、チビラくん…」ぼんやりそう思っていました。

さすがに側まで行ってみることまでは考えていませんでした。
知らない場所だし、遠すぎて帰れなくなりそうですから。
消極的な性格だったんですね、当時から。

そんな小心者の私に、程なく転機が訪れました。
ある事件を切っ掛けにグレたのです。

とある午後。
幼稚園の教室で紐付きハーモニカを何気なくブンブン振り回していたら、
勢いのついたハーモニカが、後ろにいた同級生の肩を直撃してしまいました。
その子は火がついたように泣き出しました。
シスターが飛んで来て、事情聴取が始まります。
泣いている子が私を指差してモウレツ抗議をしています。
もちろん、不可抗力ですが、私の言い分は聞き入れられず、
教室の外に立たされてしまいました。
母親"ママゴン"にも言いつけられます。

すごく悔しい思いをした私は、
"どうせ悪い子なのなら、もっと悪くなって復讐してやろう…"と、
世の中のワルのやりそうなことを、アレコレ考えました。

そうだ、チビラくんの家に行ってみよう…
そう思い立つまでに、あまり時間はかかりませんでした。
知らない駅で降りて、知らない街に行ってみる…
これは信用しなかった大人達への反逆の狼煙。
つまり、グレてやるのです。

そうと決まれば、幼稚園も早退は当然。
マイ園児バッグを肩に、駅へと急ぎました。

普段ならば、二駅乗って家に帰るところを、一つ目で下車。
私は復讐心を胸に、思い定めた方向へ歩き出したのです。

知らない道、知らない街、見知らぬ人。
しかし怖くはありませんでした。
線路を見失わなければ、大丈夫。
チビラくんの家は沿線にほど近いのです。

そして遂に見つけました。
小走りで近寄る。
近くで見るととてもデカイ、チビラくん家。
外装は、コンクリートの打ちっぱなしです。

シン…と静まり返っています。
もちろんチビラくんは居ませんでした。
でも満足だったのです。

気分が良くなった私は、意気揚々、家に歩いて帰ってみることにしたです。

「もう子供じゃないぜ」

しかし、それにはもう駅一つ分歩かなければなりません。
子供の足で。

周囲は早くも薄暗くなりはじめた。
線路は見えません。
達成感と復讐心はすっかり萎み、
胸の辺から込上げて口から出てしまいそうな不安と恐怖でチビリそうです。

「チビリくんだ、それじゃ」

泣きそうになりながら、いや、泣きながら走りました。
恐怖を振り払うかのように。

息せき切らし坂を登ると、電車の鉄橋の架かる土手に出ました。
この景色には見覚えがあります。
鉄橋を渡り、土手を下るといつも下車する駅舎も見えます。

ホームの先には青い屋根。
そこはチビリくん家(私の家)でした。

安堵と涙がまた溢れだしました。

「ワルには成りきれなかったな」

そう思いながらまた走り出した。
チビッたパンツと半ズボンが気持ち悪かったのを憶えています。

こうして"ワルの旅"は終わりました。
タイムマシーンではなかったけれど、チビラくん並の冒険に私は大満足。

"ママゴン"の怒りが爆発したのは言うまでもありません。
しかし男の子はこうして大人になって行くものなのです。

あのチビラくんの家、今も車窓から見えるのだろうか…





追伸:画像は本物のチビラくん宅。
かつて世田谷にあったのだそうです。現在は無いらしい。
ちなみにこの家、かのウルトラセブン第十二話のスペル星人のアジトとしても劇中に登場したそうである。
モダンな造形が円谷プロのSFイメージとマッチしていたんですね、きっと。



人気blogランキングへ