#人生最後の日に食べたいごはん
人生最後の日というのは、私は、始まりの日のように思っているのです。見知らぬ人のいる喫茶店で、一番安いモーニングを注文しましょう。京都大学教授 カール・ベッカー人生を振り返る夜先生は日本に来て34年目Q 日本の何に興味を持ちましたか?先生 「私は期待しているんですが、日本が長い伝統を持って、世界に対して、模範というか、可能性を示しているんちゃうかと思うんです。人の生き方。人との付き合い方。学ぶべき事が沢山あると思うんですね~。」この世界にはあ ま た の 宗教 が あ り 時に それは 対立の原因と成る宗教学者 カール・ベッカー「日本の宗教観や死生観が、世界の行く末のカギとなる。」そう考える世界的な宗教学者だ。先生 「将来、われわれに確実にあるのは、老・病・死 なんです。学校では、死について勉強してない。家庭内でも。身内が死んで初めて、『死』について考えさせられる。欧米は、サナトロジーといって、『死生学』と呼ばれています。」死生学とは、それは死とどう向き合うかという視点から、人生の意味を見つめる学問だ。先生 「死の場面に出会うと、多くの日本人が自分の心の根底を語りだすんです。自分の人生を振り返ってみて、この人生で良かったのかしら?とか、つまり死ぬ瞬間が、同時に自分の人生を考える瞬間であり、自分の人生を意味づけるきっかけともなるわけです。」先生 「気持ち良~い気持ちで死にたい場合は、あんまり深い後悔の念があっても難しいと思うし、私がいろんな日本人の末期患者と接してきて、最強だとか、お金を持ってるとか、を幸せだといった人は皆無です。」死は 人生の最終現象ではあるが、やはり 人生であるサルトル先生「死は全く怖くないです。それは死で、終らないと思っているからです。私が末期患者を見ている時に、ある時に、あ~~苦し~い!死にた~い!ともがいていた老人が、死ぬ寸前に、 落ち着いて、非情に明るい楽しい顔で、1つの方向を向くんですね私も、その方向を見たけど何もない。本人は、どうやら別世界を見ていた様に思えるんですよ。それが別世界の証明だ!なんて言いませんよ。それが何なんなんだろう?と知りたいんです。」先生 「死ぬ間際に、そこで人生を振りかえるのではなくて、朝起きたとき、人の話を聞いたとき、体験したときに振りかえれたら、それが一番いい。我々でも、収録の時間を気にしだしたら、1分、1分が非情に貴重になってくるじゃないですか?人生にも終わりがあるんだ。自然の資源にも終わりがあるんだ、ということに気付けば、今度は、時間の使い方、自然の使い方、資源の使い方に、気付きが生まれるんです。有限性に気付いた時点で、生き方が変わってくるんじゃないですか?生き方がより懸命になり、一瞬たりとも無駄にしたくない。一瞬を満喫して、心に刻みたい。」