17日pm11時すぎに悲劇は起こった。

義父が倒れた


倒れた義父を見たその瞬間


絶望的と感じた私が居た(施設で昨年まで働いていた時何度もこんな状況は目にしてきたからかもしれない)


すぐに救急車で日向市内の病院に運ばれた


救急車の赤いランプを見ながら車を走らせた。


相棒のハンドルを握りしめるでが震えているのを感じた。


私はその手をギュッと握りしめながら『大丈夫 大丈夫』と声をかけた


落ち着かせたかったのと又、自分自身に言い聞かせたかったのだと思う


40分程で病院に着いた


父の闘病生活の始まりとなった。


暗闇で訳も分からなく捕まる所を手探りで探す様な感じに思えた


集中治療室に入り緊急処置が施された


脳内出血


涙が止まらなかった

am4時に着替えをとりに家に帰った
準備をし30分の仮眠を取り6時に家を出た


途中 綺麗な朝焼けを見た『あっ 今日は晴れなんだ』とつぶやき助手席から朝焼けを見た


このブログも見ない書かないだろうと思ったが


その時 朝焼けを見て(どんなに楽しい事どれだけかつらく悲しい事か起きても朝は必ず来るんだよなぁ~生き続ければ勝手にお腹だってすく何時までも落ち込んでても今の現実からは避けられない)と!


相棒が『頑張ろうね』と小さい声で言った。私は『いやっ 頑張らんでいいよ お父さんは今までも今だって頑張っているしみんなだって!お父さんは生きてるっちゃから!いつも通りに健康で元気よく明るく過ごして支えあって行けばいいとよ』って言うと『そうやね』っとにっこり笑って私の頭を撫でた。


決して強い訳じゃないこれも相棒にいいながらも自分に言い聞かせているしブログに書く事で自分自身確認をしているのだと思う。


今日だって何度涙が溢れたか分からない

だから、いつも通り気ままに過ごして行こう私なりに


この数日で励ましメールや電話を頂いた本当にありがたい幸せな気持ちに気づかされた。これも父が気づかせてくれたものだ父に感謝だ。


ブログを読んでくれた方々、どうか生きていれば色んな日を迎えるそれがどうか日か何て分からない年齢関係なく身体に気をつけて明るく毎日を過ごして下さい。


これからもよろしくお願いします。