実際、この時期は僕もまだパチンコメディア業界に在籍しており、パチンコメディア関係者が一体この先どうなるんだ…の
不安感の声
を方々で聞いていた。しかしこれが2ヶ月後の10月になると、この問題はまるで解決したかのようにパチンコメディア関係者から不安の声を全く聞かなくなった。この時、既にパチンコメディア関係者は
ホールを取材してその結果を誌面に掲載する
スタイルでイベント自粛に対する
対策
いやイベント規制の抜け道を見つけていたからである。つまり、ホール側主体による宣伝はNGだが、専門誌がホールに取材という形なら
ホール側による宣伝ではない
ため問題なしと(一方的に)解釈し、それでこの問題はクリアしたとパチンコメディア関係者側は思い、それを
拡大解釈
したのが、現在のライターイベントの黎明期だったのである。
つまり(現在の)ライターイベントとは誕生動機から
ダーティ
だった。だが悲しいかな当時は僕も含め誰もがこのライターイベントの誕生背景に異を唱える人間がいなかった。ただ…ライターの何人かは
こんなのはいつまでも続くはずないよ…
と未来像を語っていた。それは僕も同じ思いだった。だが、そう思いながらも結果としてライターイベントは今日まで生き残ってきた。
ライターイベントが今日まで無事に継続してきた理由を考えると…
ライターイベントが法的に問題である
という決定打を欠けたことだった。逆に言えばライターイベントが違法性である証拠が完全になかったため今日に至ったとも言えるだろう。
だが、ライターイベントは歳月の経過と共に内容は射幸性を煽っているように思えた。
そう、エスカレートしていったのである。
その終着駅が先月の1日から始まった京都府でのライターイベントの完全禁止だろう。
個人的には残念な限りだが、業界全体という広い視野で見た場合
やむを得ない
と解釈をしていた。以上簡単だか、ライターイベントの恩恵と歴史をなぞるとこんな感じだろうか?
次に僕が関わったライターイベントについて…
これについては先に謝罪しておく。
此度は渦中の人物による設定漏洩疑惑事件の沈静化に向けて
元OBライター
が独自で動いたものだが…
渦中の人物の実情と全く異なる実情
を述べてしまうことをお許し願いたい。
僕が今回カミングアウトを決めた理由はただ1つ!
これ以上、パチスロ・パチンコユーザーを欺(あざむ)きたくないから
である。
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