出会いの味 中編 | フレンズ

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私が、何をしたというの?

 

そこにいるだけで、息をしているだけで、たったそれだけでさえ許されないのなら私は……

 

 

小学生の内では珍しく、私の髪の色は淡い栗色をしていた。

 

染めたのではないそれはひそかな私の自慢だった。

 

外国人の父と日本人の母。

 

顔は日本人然としたものだったけれど、瞳と髪は父か色濃く受け継いだものだ。

 

学校側は快く受け入れていくれたし、今までにそれで何か悪い思いをしたこともなかった。

 

でも、あの日私は初めてこの髪を呪った。

 

小学校も高学年ともなると、異性の目やかわいくおしゃれをしたいという思いがひときわ強くなった。

 

それは周囲にも言えることで、特にメイクや髪形を変えたり髪を染めたがっている子もいた。

 

そんな折に私はクラスから孤立していった。

 

何をしたというわけではない、ただ私が先生から贔屓にされているという謂れのない噂が流れたのだ。

 

それは先生に髪を染めたことを注意された、女子グループのリーダーが流したものだとすぐにわかった。

 

わかったからといってどうすることもできなかった。

 

噂のこともあるから先生に相談することも、誰に助けを求めることもできなかった。

 

でも、たった数年。中学校を入れて五年間くらいを我慢すればいいのだと自分に言い聞かせた。

 

泣いてはいけない、負けるもんかと歯を食いしばっていた。

 

でも、一度だけ。決定的な出来事が私を襲った。

 

学校からの帰り道頭の上から思い切り墨汁をかぶせられた。

 

後ろから通り過ぎざまに、

 

「これで私たち友達だねー!!」

 

汚い笑い声と共に遠くなる同級生たちを呆然と眺めて、頬を伝う涙をふく余裕も私にはなかった。

 

その日家に帰って真っ先にお風呂場に飛び込んだ。

 

ただ事ではない様子を察してお母さんが脱衣所にやってくる。

 

脱いだ服やランドセルを見てひどく困惑した声が脱衣所に響いた。

 

「なにがあったの!有紀!」

 

「なにもないよ!お母さん、心配しないで!私がいけないの。私が間違って墨汁被っちゃったの。だから、なんでも、ない、から……」

 

一生懸命に扉を押さえつけながら、頭からシャワーを浴びる。

 

流れていく雫が浅黒い色をして体を伝っていく。

 

「なん、でも……ない、、、の……」

 

とめどなく溢れる涙が悔しくて、また涙が込み上げてくる。

 

その日はご飯が喉を通らなかった。

 

 

私への仕打ちは、それ以降ひどくなる一方だった。

 

それでも、私は負けることはなかった。

 

派手にやられたときは、それが誰かにばれないように必死になる毎日。

 

家族には心配をかけられない。

 

お父さんが長期の出張で家にいなくてお母さんも弟も不安なはずなのだ。

 

だから頑張らなくちゃいけない。

 

その思いだけが私を動かし続けた。

 

卒業式の日も、それ以降も。

 

ただただ、中学校が終わるその日まで。

 

永遠にも感じる、終わりまでの日々をひたすらに数え続けた。

 

 

中学校に上がる一週間ほど前、うちの隣に家族が引っ越してきた。

 

互いに一軒家同士で、同い年の子供がいる家庭。

 

何より互いの母親が中学、高校と同じ部活で仲良しコンビだったそうだ。

 

私と同い年のその子は男の子で、志波 正孝 といった。

 

口数の少ない彼はクールというより、

 

「恥ずかしがり?」

 

思わず口から出た言葉にひどく動揺した声が重なる。

 

「な、なに言ってんだよ。そんなの、どうでもいいだろ!」

 

「ご、ごめん……」

 

大きな声に思わず身を縮めてしまう。

 

「あ、いや、そんなつもりは、なかった。ごめん」

 

あっけに取られてしまうほど、ストレートな謝罪だった。

 

本当に申し訳ないという思いが込められた言葉に、私は一瞬ぼんやりと呆けてしまう。

 

「有紀?」

 

お母さんの呼びかけにハッとして、言葉を返す。

 

「こっちこそ、ごめん。初対面なのに、失礼な事」

 

頭を下げた視界に、自分の黒い髪がちらりと移りこむ。

 

それが耐えられなくて、ぱっと頭を上げる。

 

不思議そうに眺める彼の顔を見ながら、意味もなく視線を泳がせつづけた。

 

 

きれいな制服、きれいなカバン。

 

きれいなローファーに足を滑り込ませて、すっと立ち上がる。

 

「それじゃあ、お母さん。いってくるね!」

 

「行ってらっしゃーい」

 

その言葉に押されるように家を出た。

 

春の暖かい空気はもう少しお預けとばかりに、肌を過ぎてゆく風は冷たい。

 

「じゃ、いってくるー」

 

そういう声が隣から聞こえる。

 

「あ、正孝君。おはよう」

 

ちょうど出てきたお隣の男の子にあいさつする。

 

「あ、ナイスタイミング」

 

そういうと唐突に彼は頭を下げた。

 

「え、え?なに?」

 

困惑する私が聞いた言葉はほとほと呆れるものだった。

 

「道がわからんから教えてくれ」

 

「え、中学校まで?」

 

顔だけを持ち上げた格好で、首をかしげる。

 

「それ以外になくないか?」

 

「ま、まぁそうだね。いいよ」

 

「おう。俺は少し離れて後ろからついていくから」

 

そういって体を起こして、寒そうに首をすくめた。

 

「じゃあ、こっちだよ」

 

私から十歩ほど離れてから歩き始めた彼が、少しだけ気になる。

 

ぴったりと距離を一定にしてついてくるのだ。

 

これじゃ。

 

「これじゃ俺ストーカーみたいじゃね?」

 

首をかしげそういう。

 

その仕草が可笑しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「そだね。いっそ私と一緒に学校行こうよ」

 

「んー。そっちが嫌じゃないなら」

 

「なに?やっぱり恥ずかしいわけ?」

 

からかいに少し顔を赤らめながら、彼は隣をすっと通り過ぎていく。

 

振り返ると、こっちを振り向いてぽつりと言う。

 

「はずかしく、ねーし」

 

その横に小走りで追いついて、顔をうかがう。

 

やっぱり。

 

頬がほんのりと赤い。

 

「そっか。ごめんごめーん」

 

そう言いながら笑顔がこぼれる。

 

学校までの15分間、互いの家族の話で盛り上がった。

 

私の弟と同い年の妹が正孝君にいることや、正孝君のお母さんが家にきていて夕飯が遅くなってしまった話なんかをした。

 

他愛もない会話がとても楽しいものなんだと、私はこの時に気付かされたんだと思う。

 

こんなに楽しい時間は、いつぶりだろうか。

 

そう思った時、校門の付近でたむろしている女の子三人組が目に入った。

 

私の体は一気に硬直して、歩幅を一気に広くする。

 

「正孝君、ごめん。知らんぷりして」

 

それだけを言い残して、足早にその集団に近付く。

 

「あ、有紀―!待ってたよー」

 

「ほんと遅すぎ―」

 

「てか、あたし達、また同じクラスだから―」

 

周囲を囲むようにして近づいてきた三人組の横を、正孝が横切る。

 

視線を送らないように努めた結果なのかどうかわからないが、ほっと心の中で胸をなでおろす。

 

「聞いてるのかな?このアメリカ崩れちゃんは―」

 

かつてのいじめの主犯格となっている美智子が髪を思いきり引っ張る。

 

「命令したとおり黒染めしてきてるし。マジウケル」

 

下卑た笑いがひどく煩わしい。

 

「んじゃ、今日の帰り裏門のとこ来てよ。ね?」

 

美智子が髪を放して、学校のほうに歩いてゆく。

 

それに付き従うように脇の二人も小走りに去っていく。

 

通り過ぎてゆく人の視線はほとんどが哀れみだ。それもすぐに視線を外して知らないふり。

 

とても賢くて、私にとっては残酷な選択だと思う。

 

「……これで、正孝君ともお喋りできなくなっちゃうのか。仕方、ないよね」

 

雑踏の中に紛れるように、できるだけ小さくなって校舎へと入っていく。

 

これから始まるであろう地獄を覚悟して。