つきのないよる #5 | フレンズ

フレンズ

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山間部の谷間に潜むようにして停泊する飛空艇。

 

決して大きくはないそれの上面に立ち、時折吹く風が体温をわずかに奪っていく。

 

「日本はもうすぐ冬か……」

 

「そうですよー、っと」

 

後ろから声が聞こえる。

 

「ミミコかー。まだ時間あるだろ?中にいなくていいのか?」

 

「それはこちらのセリフです。夜風がお体に障りますよ?」

 

にやりと振り返りざまに笑う。

 

「優秀な部下が、気を利かせて発注してくれたスーツのおかげで問題は無いな」

 

頭にポンと手を置くと、少しほおを緩めるその顔がとても愛らしい。

 

(下の世代ってのは、やっぱり可愛いもんだな)

 

ゆっくりと撫でるように右手を動かした。

 

年相応な艶を失わない短く淡い桃色の髪が手のひらに馴染む。

 

「ちょ、と、トウヤさん……」

 

形だけの抵抗が愛おしさをより大きいものにしていく。

 

「ん。すまん」

 

手をゆっくりと離して、半歩分後ろに下がる。

 

見上げる瞳が少し寂しげに見えるのは、どこかに不安感があるからなのだろうと自分に言い聞かせる。

 

「現状不備等は確認されておりませんので、計画通りに進行中です」

 

そう言いながらミミコは横に並ぶ。

 

「そう、か」

 

気のない返事になってしまう。そこをミミコは見逃さない。

 

「先日の中国との交戦について、ですか?」

 

決して断定的ではない口調だが、ある程度の確信が見て取れた。

 

「……上はあの一件、なかったことにするらしい」

 

「え?」

 

こちらを見上げる瞳に驚きの色とわずかな怒りが現れる。

 

「簡単な話だ、俺を殺したい何者かが日本の中にいるんだろうよ。」

 

ポケットに突っ込んでいた右手を夜空の月に重ねる。

 

「もともと俺たちは、物言わぬ兵器のはずだったんだ。持ち物が正面切って抵抗すれば誰だってわずらわしさくらい感じるってことさ」

 

「わかって、いるつもりです」

 

強く拳を握りしめ震えるその左手を、必死に抑えようとしている。

 

「んーん!わかってないわー」

 

妙に上ずったような声が闖入者の存在を伝えた。

 

「ポンポン能力使うなって言ってるだろ?」

 

「固いこと言わないでよ、トーヤ」

 

右肩にもたれかかるようにしながら、妙にくねくねしながらまとわりついてくる。

 

「……さっきとは打って変わって上機嫌なもんだな」

 

「あーら、不機嫌だったことなんてあったかしらね」

 

「調子がよすぎるのも考え物か?」

 

ニヤリと笑って、肩にかかる手を振り払う。

 

「この作戦の成功率が上がることと引き換えなら安いもの、でしょ?」

 

大仰に両手を振りながら2歩、3歩と眼前に躍り出る。

 

「あなたと共に生き、そして死ぬと誓ったあの日からもう8年にもなるのねぇ」

 

背の月をまぶしそうに見上げるその横顔は同性であるにもかかわらず、美しいと感じてしまうほどに画になっている。

 

「月明かりがこうも強いと、むしろ思い出すな。あの夜を」

 

「あ、あのー……」

 

遠慮がちなその声に、明るい声が答える。

 

「嫌だわ。あなたはトーヤに誘われて新月に加入したんだったわね。えっと」

 

「ミミコって呼ばれてます。335番なので」

 

「あら!それトーヤがつけたんでしょ!ねぇ、トーヤ!そうなんでしょ!?」

 

「……悪いかよ」

 

聞きながら確信に満ちたその言葉が少しだけ煩わしい。

 

「悪かないわよ!かわいらしくていい名前だわ。でも発想が安直なのは変わんないのね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうなのよ!ミミコちゃん!」

 

喜々とした表情でミミコに詰め寄る。

 

「まぁ私は気に入らなかったけどね。私にはそんなかわいい名前くれなかったしね!」

 

「あーあー。悪かったな。アイズ」

 

「あいず?」

 

「私のここでの名前。最初にトーヤからもらった名前がイシイ。ダサすぎるから却下したら、ローマ字に直すとISIIで愛が一杯だから、アイズ。紅薔薇ってのは一応の通り名ってことになってる。」

 

「なるほど!」

 

「おい!愛じゃなくて、アルファベットのアイだ!変な言い方してんじゃねーよ!」

 

「えー、解釈なんて多様なものよー。いいじゃなーい」

 

「よかねーよ!」

 

横から控えめな笑い声が聞こえる。

 

「ミミコ?」

 

「す、すいません。トウヤさんがそんな風に取り乱しているの、初めて見ましたので」

 

「あら、トーヤはそんなに仏頂面キャラクターなの?」

 

「キャラとか確立してねぇよ。でもミミコからは怒られるばっかりだったし、仕事の話しかしてこなかったからな。気を使わせていたのなら、悪かった」

 

「い、いえ!そんなことはありません。いつも気遣っていただいているのは私自身が強く感じていますので」

 

「あらあら、いつの間にかいい上司になってるわけぇ?誰の断りもなしにぃ?」

 

「少なくともお前の許可はいらないよな」

 

「口が減らない子はお仕置きが必要かしらね?」

 

「ま、まぁまぁトウヤさんもえっと、その」

 

「アイズでいいわ。あなたが身内じゃない可能性を考慮して名乗っただけだから。通信では面倒だけれど紅薔薇のほうでお願いね」

 

「はい!では、お二人とももうすぐ予定時刻です。準備のほうは」

 

「万全」

 

「いつでもいけるわ」

 

そろいのスーツに身を包んだ俺たちはミミコの前に並ぶ。

 

「手を」

 

俺は右手を、アイズは左手を差し出す。

 

「転送地点は北東方面、雛木宮邸別荘の屋上。貯水タンク脇に置かれた私のポインターになるかと思います」

 

「ミミコちゃん、そこじゃなかった場合はどうするのかしら」

 

「諸作戦に何か支障があった場合、事前にお渡ししたポインターを持って回収予定時間の0430までどうにか生き延びてください」

 

「了解。まあ事前に渡された資料に書いてある通りなわけね」

 

「確認は大切な作業でしょ?」

 

「へいへい」

 

「では、予定時刻10秒前」

 

握る手に力がこもる。

 

「大丈夫だ」

 

一言だけ伝える。

 

「5、4、3」

 

手の力がゆっくりと抜けていく。

 

「2、1、行ってらっしゃい」

 

その言葉を聞き終えた途端に、視界が一瞬ブラックアウトする。

 

今まで感じていた冷たい空気はどこかに消え失せた。

 

「じゃあ0220まで待機し、行動を開始する」

 

口に出したのが自分自身だとは思えないほど、冷たい言葉が音となって消える。