世界ごときに渡してたまるか @フタリハ <終> | フレンズ

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ミキをゆっくりと降ろして、座らせる。


踏みしめる土の感触は、既に遠くなってしまいつつある記憶と重なる。


「ここって……」


「そーだよ。俺たちの秘密が始まった場所」


そこにそびえる大きな楠木が風と戯れている。葉擦れの音が妙に懐かしい。


「初めてミキに血をあげた場所」


肩口を押さえながら、ふらふらとした足取りで木の根元に腰を下ろす。


「マサト……私は……」


「ミキ、謝ろうとかしてるなら怒るよ?」


「怒られるのは、嫌……でも……」


うつむき、小さくなってしまったミキにかなわず言葉をかける。


「言いたいなら言ってくれ。俺を怒らしてでも伝えなきゃいけないことなんだな?」


うなずくその横顔に朝の光が差し、頬を伝う美しい宝石を輝かせていた。


「マサト、私ね、本当はあなたのことを……」


体の奥でひどく冷たいものが突如として首をもたげる。


「ミキ!」


叫び、そして耳に意識を集めて僅かに発せられるはずのそれを探す。


そして、飛び出した俺の体に熱い何かがいくつも押し寄せる。


「逃げろ!」


絞り出した言葉が叫びになっていたかなんてわからなかった。


背中から聞こえる、やれ外しただの貴重なサンプルなどという言葉がひどく耳障りだった。


「わたしは!」


目の前で叫ぶミキの顔がひどくゆがむ。


倒れないように踏ん張ろうにも、体に力が入らずそのまま前のめりに倒れていく。


薄れていく意識の中で、わずかに花の香りがした。


これは、小さいころから変えたことのないミキのシャンプーの香りだ。


ようやくミキに抱きしめられているのだということに気づき、震える手を持ち上げる。


「ミキ、ごめん約束こんなに早く破っちまったよ……」


触り心地のいい髪に指を通す。


「ううん。まだ、だよマサト」


「え?」


力強いその言葉が終わった瞬間、よく知った感覚が今までに感じたことのない激痛とともに押し寄せた。


「検体AがBを吸血!」


「Bには吸血への耐性があるという報告もある!最悪検体Aは殺してしまっても構わん!検体Bこそが希望なのだ!!」


野太く発せられた言葉には、二人のことを人間だなどと考えているような油断はなく。


「化け物を素早く無効化せよ!」


周辺に身を隠していた十人ほどの日本人が一斉に飛び出してくる。


純粋な敵意のみが彼女らには向けられていた。


弾丸が飛来する。


それを突如振り返ったマサトがすべて弾き飛ばす。


「まさか!完全に吸血鬼化が行われたというのか」


驚きの声をあげる迷彩服の男の首筋に、長く鋭い爪が浅く食い込む。


「あなたなんかに、渡さないわ」


「なに?」


震えながらも問う男に、ミキはきっぱりと答える。


「マサトを、私の愛した人間を……」


うるんだ瞳が真っ赤に染まり、鋭い牙からは鮮血が躍った。


「世界なんかに渡してたまるか!!!」


周囲には一気に血柱が吹き上がる。


ミキの叫びと、マサトは目にもとまらぬ速さで九人の首を切り落とした。


血だまりの中に呆然と立ち、光の失せた目で空を見上げるもっとも愛すべき眷属にミキは告げる。


「日本に根付きし我が第五真祖、深瀬ミキが命じる」


うつろな目がこちらに向けられ、学生服の少年はゆっくりとこちらに近付く。


「我が名をもって……」


伸ばされた右腕が、髪をやさしくなで首筋に触れる。


「汝に私のすべてを授ける」


こちらから抱き寄せ、そっと首筋に口づけをする。


「あなただけを一人にはしない」


体を少しだけ離し、ミキはマサトと正対する。


「あなたを私以外のところへは行かせない」


見つめあい、唇を重ねる。


二人の舌が絡み合った瞬間、マサトの全身の傷が消えた。


さらに深く、まるで互いに自分の中にわずかに存在をより強く求めるように、抱きしめあう。


マサトの瞳に赤みがさし、犬歯が形を変え牙としての形を成していく。


二人の長い長いキスが唐突に終わりを告げる。


マサトがミキを突き飛ばしたのだ。


「え!?なにを!」


「そこまで、だよ」


マサトは息を切らしながら言う。


「ミキは、僕に真祖としての能力やらの何から何までを託して死ぬつもりだったんでしょう?」


「そうしなきゃ、あなたは追手から逃げ切ることはできない!体の弱い私じゃ、マサトを守ることだって!」


「なら、僕がミキを守ってみせる!」


宣言した言葉に躊躇いなんてあるはずもなかった。


「この、中途半端なできそこないの真祖になった僕と、真祖としては力の弱いミキ。でも、二人でなら?」


「でも、マサトはてだの……」


「もう僕は吸血鬼だ!ただの高校生なんかじゃない!」


「私はマサトを都合のいい栄養分みたいに扱ってた!」


「それは嘘だ!そうするしかない現実を一番に悔いていたのは、ミキ君だろう」


マサトが一歩踏み出す。


「もしそれが僕に言いたいことだったのなら、やっぱり怒らなきゃいけないね」


もう一歩。


二人の距離がもう一度触れ合うほどに近くなる。


「僕は君といつまでも一緒になると約束した」


マサトの右手がミキの頬に触れる。


「私と、いつまでも?」


ミキの左手がマサトの右手と重なる。


「誓おう。君を僕自身を、世界なんかには渡さない。渡してたまるか」


そう言い、マサトはミキを強く抱きしめた。


ミキの耳元でマサトはどこか楽しそうにつぶやく。


「さあ行こう。僕たちがまた楽しく暮らせる場所に」


「まずは、私たちを追い回している人たちにわからせてあげなきゃね」


ミキがゆっくりと離れながら言う。


「私たちがどれだけ怖いかってことを」


「せめて害がない、とかにしない?」


「ははは!マサトらしい!」


朝の霧が消え、光が町を満たしていくのを二人は見た。


繋がれたままの手は、さらに固く握りなおされる。


この時を境に、日本という国の吸血鬼への対応がおらゆる方面に対して変化したことはまだまだ先のお話である。


―終―