神さまは私と | フレンズ

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肌寒くなってきました。


まだまだ銀杏や紅葉たちは赤や黄色の彩りを残しています。


はらりはらりと落ちていく一枚一枚はきれいだけれど、たまってしまうと大変です。


竹箒を握る手に少しだけ力を込めて、掃いてみます。


私が住んでいる青田神社の境内。その一角で秋の日課となりつつあるお掃除ももうそろそろおしまい。


「さて、と朝ごはんの準備しないと、間に合いませんかね」


緋袴に白衣、足袋に草履という格好は慣れていてもさすがに寒い。


早めに炊事に取り掛かって暖を取りたいなぁ。


「あ、彩花さん、もう終わりましたか。あとは片しておくのでお食事のほうをお願いできますか」


「はーい!」


神社でお手伝いをしてくれている宮内さんは今年で90歳とご高齢だが、はきはきとした言葉と働きっぷりはいくら感謝してもしきれない。


それでは、お言葉に甘えましょう。


境内には居住スペースとしての小さな家がある。本殿の裏手にあたる場所なのだが、今は彩花が一人で暮らしている。


そこでいつも彩花と宮内の分の朝食と神さまへと献上するための朝食を作る。


普通の神社でお供え物といえば生花やお酒、それぞれ特色があるものの、この青田神社ではそういった類のものはあまりお供えしない。


白いご飯にちょうど良く湯気の立つ温かい味噌汁。ぱりっとよく焼けた焼き魚と少しのお漬物。


これこそが青田神社の朝のお供えである。


彩花は朝食の乗った盆を持って本殿の中へと入っていく。陽の光で中は程よく明るい。


中へと二歩三歩と入って盆を置き静かな雰囲気で彩花は毎朝の日課をこなす。


「あおちゃーんー朝ごはんですよー」


間延びしたその声に、本殿内にまつられた如来像から青い半纏を羽織った子供が転がり出てきた。


「あやか!私は神だぞ!ちゃんはやめいというとろうに!」


「おはようございます、あおちゃん」


「だから!わたしは!青田の土地を治める神であり、そしてだな!」


「はいはい。ありがたいお話もいいですけどご飯冷めちゃいますよ?」


「む、それはいただけないが、しかし……」


「いつまでもぶつくさ言ってないで食べてしまってくださいね。そうじゃなきゃ片付けもできませんから」


「そうじゃのう。ありがたくいただくとする」


しぶしぶといった雰囲気で青田神社にまつられた神、青田結命(あおたむすびのみこと)は朝食を摂り始める。


「して、あやかよ」


「なーに?あおちゃん」


「……まぁよいて。樹彦と朱音はまだ帰らんのか」


「お父さんもお母さんもまだ海外だよ。あと一月は戻らないんじゃないかな」


「つまらんのう。朱音のおむらいすが食べたいのう」


「ははは。やっぱりあおちゃんはお子様だなあ」


「なにおう!あやかとて、歳でいうならば17!わたしのうん百分の一ではないか!いわゆるじょしこーせーで、あっ!……」


「女子高生か……そうだね。もう私十七歳なんだ……」


「あやか……その……」


少年の姿の神は、箸を止め彩花を上目遣いに見上げる。


涙なんか浮かべて……本当にこの神さまは……


「あおちゃん!箸止まってるよ?それに咥え箸はいけません」


「……うん」


それからは無言が続き、青田結命は朝食を食べ終えると、


「おいしかった。あやかありがとう」


そう言ってぽうっという細やかな音ともに小さな光となって如来像の中に溶けていった。


彩花はどういたしまして、と小さく言って本殿を後にした。


この青田結命を祀る青田神社には奇妙な風習と古めかしい言い伝えがいくつかある。


宮司となる家系には女児しか生まれない。そして他家のものが宮司となることはできないということ。


さらに青田結命が見初めた子供は境内の外に出ることを禁じられてしまう、というものだ。


後者に関しては教訓のようなものではなく、物理的に外へ出ることができなくなってしまうのだ。人の枠を超えた超常的な力のよって。


彩花が朝の仕事を一通り終え、宮内にあいさつを済ませた後、本殿の前の石段に腰を下ろした。


「まだ初秋とはいえもう肌寒かろう」


彩花の肩に青い半纏が優しくかけられる。


「ありがとう」


短く感謝をつたえて振り返ると、彩花はあまりの出来事に口をぽかんと開けてしまった。


そこには少年の姿ではなく彩花と同じくらいの年齢の青年が立っていた。


「なんだよ。たまには子供の恰好以外にだってなるさ」


透き通るような白い肌に藍色の羽織。ゆるく来崩された同じ藍の着物。


胸のあたりにある丸まった兎のマークが彩花が今羽織っている半纏にもついている。彩花の家の家紋のようなものだ。


ゆったりとした動きで、青田結命は彩花の横へ腰を下ろす。


「なぁ彩花」


「え、あ、はい……」


「なに戸惑ってんだよ。変な奴」


「変じゃないよ!変なのはあおちゃんのほうでしょ!急に大きくなったら驚くにきまってるじゃん!それに……」


「それに?」


まるで子供のように、神様は無邪気にその顔を彩花に近づける。


もう、中身は変わってないのに、顔だけは無駄にかっこよくなっちゃって……


「それに!着物のあわせが逆!それじゃあ女の人と同じ合わせだよ!恥ずかしい」


「え、うそ!?」


慌てて着物のあわせをただす青年を見て、彩花はほんの少し笑う。


しかし今回だけはいつもとは違う。少しだけ表情をきつくして彩花は問う

「ねえ、青田結命様。どうして私を選んだの?」


そこで青年の手がぴたりと止まる。


「彩花は、迷惑、だったよね……」


ひどく沈んだ言葉だけが、静かな境内に響く。


「私が聞いたのは、どうして私なのかってことなんだけどな」


仕返しとばかりに、今度は彩花からうつむいた青年の顔にぐっと近づく。


「あ、あわ、あわわわ……」


今時漫画でも見ないような効果音を、しかも口から出しながら青年は慌てた様子で顔を上げる。


「ねえどうなんですか?かみさま」


「ぼ、ぼく、じゃなかったわたしは、彩花を見たとき、この子しかいないってそう、思ったんだ」


青年は少し子供のような口調で、しかししっかりと伝える。


「僕には、彩花しかいない!そう思ったから!」

「それ、お母さんにも言ったの?お母さんも青田結命様に見初められてた」


今は彩花がその立ち位置となっているため彩花の母は自由に神社の外へと出ることができる。


つまりは、そういうことなんでしょ?若い人間の女に構ってほしい。そういうことなんだ。


彩花はある程度確信していた。


だからこそそれは意外な答えだった。


「違う!僕が見初めたのは君だけだ!彩花!」


深い蒼の瞳が彩花の両目をしっかりととらえていた。


「え、どういうこと?」


「そのままの意味だよ。僕が求めた人間は後にも先にも君だけだ彩花」


彩花にはそれが一体どういうことなのか、理解することができなかった。


「彩花も聞いたことくらいはあるだろう?何代かに一度誰も青田結命に見初められた者がいない世代があると」


「話くらいには……それは周期的来るものじゃないし、神さまの気分次第だって聞いてた」


「その代は決まって僕が青田結命を担っていた代なんだ」


「にな、う?」


「そう。青田結命、という神は一人の神ではなく、いくつかの神へと昇華する権利を得た、人間の魂が担うことになっているいわば役割のようなものなんだ。この役を全うしなければ神になることはできない」


「え、じゃぁあおちゃんはずっと……」


「そう。神さまになんてなるのが嫌でずーとさぼってた。でも……」


「でも!どうして私だけ?」


「なんで、なんだろうね。でも君を見てどうしようもなくなっちゃったんだ。

どうしようもなく君と一緒に生きてみたくなってしまった」


「あお、ちゃん……」


「でも、ひどい奴だよ。自分のわがままで彩花の大切な人生を……」


「ねぇあおちゃんは本当に神さまになりたくないってだけの理由で、誰も見初めようとしなかったの?」


「え、そりゃ……もちろん……」


「違うと、私は思う」


「彩花?」


「あおちゃんはきっと自分が神様になるために誰かの人生を踏みにじることができなかったんだと思う。

だってあおちゃん優しいもん。今までに一回だって私のご飯残さなかったし、小さいころ如来像様に落書きした時だって一緒にきれいにしてくれたよね?そんなあおちゃんが誰かを犠牲にするようなことできるわけないよ」


彩花は立ち上がって、参道を数歩歩く。


「ねぇあおちゃん」


「なに?彩花」


小さくかすれたような声が返ってくる。


「私にもっといろんなこと教えてよ。私がここから出ていけない代わりに私が死ぬまで一緒にいてよ。

そうしたら、許してあげる」


「あやか……でも、ぼくは……」


「どうせ私は今から社会に出たってきつい思いするだけだし、それだったらここに残るよ。お母さんもそうしてるしね。だから、神さまとかそういうのどうでもいいじゃん。ね?」


彩花はくるりと回って本殿に向き直った。


「彩花が、そう望むのなら、僕は君のそばにいるよ。必ず、いつまでも」


「ありがとう。あおちゃん、ってそうなると青田結のあおちゃんって変だね。なにかいい名前ないかな……」


「僕の名前……。どうせなら彩花が考えてくれた名前がいいな……」


「ん~なら……」


考えつつ、一度彩花が青年に視線を送ると、半纏と羽織りについたそろいの家紋、兎が丸まったようなそれに目がつく。


雪のような白い肌と深い藍色の着物が悔しいほどに似合っていた。


「ゆきと、ゆきとにしよう!雪みたいな白い肌と私んちの家紋の兎。二つ合わせて雪兎!」

「ゆきと……雪兎!うん、いいと思う!彩花にもらった僕の名前、大切にする!」


雪兎の嬉しげな声を聞いた彩花は、満足そうににっこりと笑った。


そしてゆっくりと名前を呼ぶ。


「じゃあ、雪兎」


その言葉に、雪兎もうなずき立ち上がる。


「彩花、これからどうなるかわからないけれど」


「その時は雪兎がなんとかしてよ!」


彩花は勢いよく雪兎にこぶしを向ける。


雪兎は少し困ったようにその拳を両手で包み、優しく微笑んだ。


「はい」


「よろしくね、私の神様!」