俺は今どこに立っているんだ……
そんなことさえもう判断するのも難しいような状況。
ありきたりな理由だ。
俺が死ぬことを決めたのは。
単なるいじめが理由だ。
わかっている。自分が死んだって、葬式や事後処理で金がかさむばかりで、何の影響もないってことくらい。
俺自身悟っている。
生きていたって仕方がない奴は確かにいて、そんな奴は総じて、死んだってろくなことにもならねぇってことくらい。わかってんだよ、誰もきっと泣いてなんかくれない。
そもそも、誰かに泣いてほしいわけじゃぁない。
じゃあなんで死ぬのか?言わせるなよ。
そんなこと、わかりきってるだろう。
別に脳内に誰かが住んで るなんて痛々しい設定があるわけでもないのに頭の中でそんな言い訳がむなしく響く。
「はぁー……もうちょっとくらい幸せがあってもよかったんじゃねーかなぁ」
高校の校舎棟、その屋上には今は冷たい空気と不機嫌そうにその顔を欠けさせた月の光。
ぼやきは夜の空気に溶けた。
あまねく星なんてものに興味はないが、ただ単純に空がきれいだと思う。
小さいのも大きいのも、星は等しく美しい。
それに比べて……
「比べることがそもそも間違っているんじゃない?」
背後から、ぞくりとする様なきれいで冷淡な声が聞こえる。
勢いよく振り返るとそこには、黒いコートに身を包んだ小柄な人影が見えた。
目深に下したフードからは艶のある金髪がちらほらと見える。
肌はよく見えないが、おそらくきれいなんだろうなと勝手な推測を立てたりなんかしている。
決して余裕があるわけじゃない。
このあり得ない現実からひたすらに目を背けたいだけなのだ。
いくらか譲ってここに人がいることは仕方ないとしても、今なんと言った?
『比べることがそもそも間違っているんじゃない?』
この言葉は、こちらの頭の中を理解したうえでしか言えないセリフだろう。
どういうことだ?
「不思議でしょう?
笠松高校二年三組 出席番号26番 橘内 俊
部活には所属しておらず、成績は良いときは上位であるがかなりの上下がある
このくらいしか私は知らないわ」
そこで言葉を切った。
それの声の高さはおそらく女性のもの。
というよりも少女といったほうが適切だろうか、見てくれも少女のそれであった。
「細かいことはもういい。俺はこれから死ぬ予定なんだ。だから、邪魔だけはするな」
強く、努めて強くそう言った。
しかし帰ってきた言葉はある意味予想を裏切るものだった。
「あなたがそう望むならそうすればいい」
一瞬面を食らう。
それならば、気兼ねすることはない。あとは飛び降りるだけだ。
「あなたは、橘内君はそれを望んでいるの?」
不意の一言。
響くソプラノが不思議と意識に響く。恐怖心を刺激する。
「口だけならなんとだって!」
語調が自然と強くなる。
「そう。だからあなたは行動でってこと?」
「それの何が悪いんだよ……俺の何が間違ってるっていうんだよ!!!
受け止めきれない現実から逃げて何がいけないんだよ!俺だけじゃないだろ!?なんで俺なんだよ!!
もう生きていたって!」
「死者に口なし」
冷たい風が頬を撫でる。ふいに一歩、二歩と前へよろめく。
「っ!!」
屋上のヘリから逃れるように一気に後ずさる。
「そこがあなたの望んだ場所?」
なおも続く冷たい声。
しかし、そこ声は先ほどと比べてかなり近い。
「もうどうしようもないんでしょう?自身の口を使っても、体を使ってもどうしようもなかったんだよね?
何もせずあきらめたなんてこと、あるはずないよね?」
耳に痛い。
かかる息は熱く、熱っぽい。
体が心から凍えあがる。
力の抜けたからだが、何かにもたれかかる。
小さな手が胸へとまわされ、後ろから包むように少女は抱きしめた。
月光に照らされるその両手が、不自然に白い。
いっそ死人の手のようだ。しかし俊はそうは思わなかった。
「きれいだ……」
青白いその指。
肉感の薄い甲。
「あなたはまだ、生きてる。
まだ、叫べるんだよ?
助けてって、嫌だって。まだ言えるんだよ?
死ぬのは悪くなんてない、逃げるのだってそう。
でも、最後まであがいてみて。
それでもまだ駄目なら、またここにきて。
死にたくなったらおいで。
その時は私が見届けてあげる、一緒に泣いて、怒って、見送ってあげるから。
だから……」
一瞬の間が心地よくて、その時間がいつまでも、そう思ったとき彼女の声が響く。
「今は、生きて」
そして、体を支える力が消え、俊は勢いよく尻餅をつく。
そのままごろりと屋上に転がって、一つ。
「名前、聞きそびれちまったな」
小さな笑みとつぶやきは、何かに吸い込まれていくように消えていく。
小さな小さなほほえみは誰にもみられることはない。
「私は……天羽 、だよ」
そんな小さな自己紹介。
誰にも聞かれてなんかいない。
ただの独白。
死を恐れる、死の見届け人。
怖がりな彼女の自由な散歩は、明日も続く