奏でるのは戦の凱歌
刻むのは時
内には常に思い出と時間を包み込んでいる。
木霊、霊樹様々な呼び名とともに老人は生きてきた。
この地に根を張り、春になれば花を咲かし、垂れた枝に鳥たちを休ませた。
どれだけ過ぎていったのだろうか。
人々に見向きもされず、山の動物たちでさえ寄り付かなくなってから。
どれほどの時を過ごしたろうか。
真剣に思い出そうなんて、ハナから思っていない。
ただ、この目の前の少女が最後の客になるだろうと、そう思ったことの副産物に過ぎない。
だから、そう。たまたまの神の気まぐれ、そういうことにしておかなくては。
「たまたま、じゃよう」
つぶやいた言葉に少女は、背に十枚羽を宿した少女は首をかしげていた。
「何でもないよ、舞花ちゃん」
「えっと、芳野さん私はどうなちゃったの?」
「ん。知りたいかい?」
「うん。私のことだもん」
「舞花ちゃん、舞花ちゃんの話してくれたことはこの世、舞花ちゃんが生きていた世界の理、守らなきゃいけない約束事を超えた出来事なんだってここまで大丈夫かい?」
「う、うん……」
反応が鈍い。
(まぁ仕方ないか。神の器と言ってもまだまだ小学生なんじゃしのう。だとしたら、ルシフェルは何を考えとる?地獄を危険にさらさぬためなら、過激にやればこの子を殺してしまうのが一番手っ取り早かろうに……)
「あのぉ……」
舞花の控えめな声に、自分が思考の海に沈んでいたことを悟る。
「あ、あぁすまんのう。歳をとると考え事が増えていかん」
芳野は乾いた笑いでその場の何とも言い難い空気を流す。
「簡単に言うとのう、舞花ちゃん。君は体を盗られてしまってここにおるわけじゃ」
ここで一度言葉を切る。なんとなく察してはいたようで声は上げなかったものの顔がどんどんと青ざめていく。
(無理もなかろうのう、それでももう泣かぬのはこの子の強さか……)
「おぬしの体を盗ったのはルシフェル。地獄に堕ちた天使だったものじゃ」
「おちた?てんし?」
おかしなものを見る様なそんな表情だ。構わず芳野は続ける。
「君はそやつにおそらく、逃がされておる」
驚愕のそれが舞花の顔に張り付く。
舞花は小さくつぶやいた。
「私は、にげてる?ん?なにから?」
混乱しているのであろう、くるくると顔色が変わる。
そこで、とどめを芳野は刺した。
「おぬしは神の器じゃからのぅ。八重 舞花殿」
ここで一度舞花は思考することをやめた。
考えたって意識が追いつかない。舞花の中にある常識が理解することを邪魔をする。
まるで頭の中に岩を押し込まれたように視界が揺れる。
訳もなく早鐘のように鳴る心臓が奇妙でならない。
おかしいな……私は……なんなの?
立っていることももどかしいと思うようになったとき、芳野がいくらかの言葉をつぶやき、右手の五指で指すようにこちらに腕を上げた。
その動作から間もなく、青い輪が五本、舞花の周囲を囲むようにして過ぎていく。
「なにをしたの?」
「じきにわかる」
芳野の声はひどく冷たく、突き放すようだった。
「え?」
そのつぶやきと同時に、背中の中心から火が噴いたのかと舞花は錯覚した。
そして、聞きなれない音が続く。
それは立て続けに五回、まるで翼が風を打つような音を立てた。
背を振り返る。
そこには長さでは舞花の背をはるかに超えた純白の十枚の翼が屹立していた