師との邂逅 | フレンズ

フレンズ

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漂うような、まどろむようなそんな不明確な意識の中どうにか体を起こす。

そこにはなにもなかった。

白塗りの壁、白塗りの天井。

ドアも窓もない。

調度といえるのは今自分がいるベット一台。

「おや、もう来てしまったんですぇ。私は」

ここがどこだか、もう初老ともいえぬ男性は弱々し気に右手を挙げて、どこからきているのかもわからない光から逃れるようにする。

「宙、私はあなたを愛せていたのでしょうか……」

「相も変わらず、うじうじしてるなぁ!――!!」

どこからともなく聞こえたその声は確かに、自分の名を呼んだ。

それはたった一人、この世に二人といない自分の大切な人だけが知っている名前だった。

視線を声の方へ向けようと、周囲を見回す。

しかし、自身の求めたような女性はどこにもいなかった。

「マスター?いるんですか?」

「あぁ。いるさ、でもなまだお前には見えないよ、私は」

「なぜ……」

「すぐに聞くんじゃないよ!!だからいつまでたっても半人前なんだ、お前は」

どこか勝ち気で単純に聞けば粗暴なその口調は間違いなく男性の知る、唯一かもしれない愛した人だった。

「まぁ、でも今回は特別に答えてやるよ。時間もない。いいかい?よく聞きな」

「はい、マスター」

「ん。今あんたは精神の塊、つまり魂をフレンズに、あの店に喰われる一歩手前だ。それはわかるかい?」

「えぇ、マスターがそういうなら」

「嫌味な子だねぇ、まぁいいさ。

それで、あんたはあの子、宙だっけ?を救いたいかい?

あの呪いから」

「……そんなことが、できるんですか?」

半ば希望を託すような問いに女性は答えた。

「今のあんたではだめだね。百パーセント、絶対に」

「ならっ!!どうすればいいんですか!!」

細く、枯れた声を精いっぱい張り上げた。

それは、長い時間蓄積された自身の主への思いであり、自分のことを慕ってくれる家族への想いでもあった。

「私は!!あなたに捨てられた私がどれだけ辛かったことかっ!!あなたにわかるのかっ!!」

男性は知っていた。いや、当然に察していた。

この女性も自身と似たような境遇であの呪いを受けていたことぐらい容易に想像がつく。

それでも、叫ばずにはいられなかった。

涙を流し、絶叫することを制することなんてできなかった。

「私は……私は……」

「済まなかった。今はこれしか言えない。許せ」

本当に勝手な人だ。

これだけですべてを済ませようとしている。

自分も言いたいことがあろうに、それを飲み込み、今は謝ってくれる。

「はい。許します」

まだ湿りを帯びたその声で男性は返した。

「すまんな、ありがとう」

その声にも少しだけ涙を感じたが男性は黙っていた。

男性の知る主人はこういうことを悟られるのはあまり好きではなかったからだ。

「それで、マスター。宙をあれから、フレンズの呪いから解放してあげることはできるのですか?」

「あぁ。できる」

きっぱりとした肯定。

「それは、どうすれば」

「簡単だ。お前がフレンズの呪いの楔となる思いを断ち切ればいい」

「楔となる思い?」

「あの店、フレンズはある一人の男の思いからあぁなってしまったんだ。

お前は見たことはないか?

星海の見せる、夢に」

「一度だけ、奴隷の少女の思いを刻んだ物語を見ました」

「おそらくそのころの店主が、フレンズの初代店主、呪いを生んだ男だ」

「彼が抱いた思いが、あの呪いを生んだ?」

「そうだ、その思いとは……言わずとも、わかるな?」

「はい。マスター」

「それを残すな。そうすれば呪いは断ち切られる……はずだ」

「はず、ですか」

少しだけ笑い、男性は言葉を続ける。

「そうすると私は見事に呪いを継承させてしまったのですね、あの子に」

「あぁ。そうなるな」

「ではどうすれば……今更生き返ることも……」

「それについては心配するな。今のお前ならきちんと伝えられるな?」

「えぇ、大丈夫です。マスター」

「よし、迷いはないな。ならチャンスは一度だ。失敗は許されんぞ。

星海を通して、お前の意識をあのガキに伝えてやる。

しっかりな」

「ありがとうございます。マスター」

男性は、目を閉じた。

*

「ますたぁー……どうして……僕を置いていくんですか……どうして……」

唯一残された懐中時計、星海を握りしめて、宙はうずくまった体を小さく震わせていた。

(そ……ら……そ…ぁ……)

かすかに聞こえる音に、顔を上げる。

「ます、たー?」

涙でぐちゃぐちゃになった顔を、優しい風がなでる。

室内であるはずのこの部屋で、だ。

(そら……聞こえますか?そら)

それは確かに、自身の愛するその人の声だった。

「マスター!!どこですか?マスター!」

立ち上がり周囲を見回す。

(申し訳ありません、もうそこに私はいません)

「え、でも……」

(落ち着いて聞きなさい、宙。私は、あなたの主は今、星海の中にいます)

「はい、マスター」

両手で包むようにしながら古めかしい懐中時計を見つめる。

(私は、たった一つの気持ちをあなたに伝えるために今ここにいます)

「はい」

(宙、私はあなたを幸せにすることなんてできなかったかもしれません)

「いえっ!!違います!!マスター!!僕は、僕がマスターと過ごした時間は、幸せに満ちていました。

それは、絶対です」

(……ありがとう……宙……私もです。そして、宙?私は、私はね)

「はい」

ゆっくりと、間を置き宙の主は言葉を紡ぎ、家族である彼にそれを贈った。

(私は、あなたを愛しています。この世でなにより、あなたを愛しています)

「ますたー……僕も、僕もです……何よりも愛しています」

(では、体に気を付けて頑張りなさい。フレンズの呪いはあなたで最後となるはずです。

宙に最後まで迷惑をかけてしまうことを許してほしい)

「迷惑なんかじゃありません。ここは、僕とマスターが過ごした、大切な場所です。ずっと大切にします」

(ありがとう、宙。私の大切な家族)

それきり、男性の声が聞こえてくることはなかった。

*

「もう、お別れだね」

「マスター、本当にありがとうございます」

「いいんだよ。じゃあ先に行くわね。ちゃんとついてくるんだよ?」

「はい。いつまでも、どこまでも」


本当の愛がどんな形なのかは、誰にもわからない。

それでも、そこにある。それを感じることはできる。

フレンズの呪いは消えた。

そこには新たな想いの連鎖が始まる。

宙とともに紡がれるそれはまた、しばらく後のお話。