クローバーなぜ子どもを褒めてしまうのでしょう。それは子どもを大人と対等であるとみていないからです。とてもできないと思っていたのに、できたと思って褒めてしまうのです。

クローバー子どもたちの貢献に注目して言葉をかけることが出来ます。「静かにしてくれて、ありがとう」という風に。褒められなくても適切な行動が出来るようになります。

「子どもをのばすアドラーの言葉」(岸見一郎)より

 

 アドラー先生の考え方である「子どもと大人は対等」というのは、私も大変共感する部分です。「子どもは自分の持ちもの」というような感覚を持たないようにするためにも、この考え方を心の真ん中に置いて接してきました。

 

 この考え方に初めて触れたのは、子どもたちが就学前に通っていた幼児生活団でした。子どもたちに対して適切な行動を促すために、貢献やプロセス、思考に注目して言葉をかけることが当たり前。名前を呼ぶときは苗字で「○○さん」と呼び合うなどすべてにおいて徹底していました。おむつが外れたくらいの幼児がお互いを苗字で呼び合っているのはなかなかレアな光景ではありましたが、それはそれで心地よさを感じるものでもありました。

 

 そして、自宅でも当然この方針を貫くわけです。対等な関係だからこそ、母が子どもに対して「○○しなさい」という命令は一切なし。例えば、朝起きる時も「起きなさい」と言うのではなく、「○時ですよ」と声をかけるんです。起きなかったら、しばらくして、また「○分になりましたよ」と声をかける。起きるまで延々それが続きます(笑)

 

 この文章に触れて、その頃のことを思い出しました。あの時はあれだけ一線引いて接してこれたのに、今や反抗期の子どもたちを前にしてなかなか実践できない自分がいます。反省、反省。今日からからまたやり直そうと思います。