母や相続問題、従兄弟の病院通い


何故親戚の病気でそこまで気を張っていたかと言うと…自分に何かあったら知り合いの葬儀屋さんに言ってあるから葬儀を頼むと言われていて

そして個人事業主でもあるので、その事をどうするかとか色々不安だらけで


申し訳ないけど当時はいつか先の話ではなさそうな程危なくてね


心配は勿論だけど一ヶ月のうちに2つのお葬式を仕切るなんて(母のは当然)とプレッシャーが強まって気持ちにも身体にも余裕のない日々でした


今は病状も落ち着き良い方向へいっているのでその心配はなくなりました



状況が落ち着いたから少しのんびりしたら仕事もしたいと考えていたら翌月



8月にまさかの乳がん発覚🥲



あれっ?気付いたら右胸外側にしこり?

その日に予約取って🏥

触診→マンモグラフィ→エコー→細胞診(麻酔して針刺すやつ)

エコーの段階で医師が「年齢やしこりの形からして良性ではないと思う」って


そこから確定まで2週間程、もうほぼ確定だったけど自分の中ではまだ分かんないじゃん!って受け入れないようにしたり

帰宅してから悲しいのか悔しいのか分からない感情で

『ク〇みたいな人生だな!』って口に出して腐っていた


亡くなって11年経っても大好きで…未だに泣いちゃう時もある位愛する人に出会えたんだから、そんな訳ないのに💦



膠原病の時も同様に病気の事は調べないようにしていたけど『初めて乳がんと診断されたら』みたいな記事で【診断されたら落ち込むのは当たり前】というこの文面がその時の自分に刺さって、無理やり気持ちを奮い立たせて前向きにならなきゃとか悲しむ自分が弱くて腹たったりしていたから、今はこんな気持ちでもいいのかって心に素直に従って過ごしながら


何かに没頭していたくてMLBドジャース戦や世界陸上を放送開始から終了まで毎日見続けたりして現実逃避していました

織田裕二と共にアツい気持ちになったり😁


入院までの日々をやり過ごし翌日手術

ただ、病室は毎日誰かが手術で外科病棟だから入院日数が短い人もいる中、付き添いや面会ががご主人やお母様がいらっしゃってる人が多い様子


ちょっぴり切ない🥲


私は兄が来てくれたけど術直後で酸素もしてるし鎮静剤入れるも痛みで話したくない状態💦

兄には申し訳ないけど

テオのお世話を仕事前後に毎日お願いしていたのでそこは大感謝🙇‍♂️



先日久々にブログにアップした時は今回の病気の事では無かったけど母の事から始まり色々と気持ちがいっぱいいっぱいで吐き出させてもらったんです


気持ちが緩んで退院前日に病室から投稿してました



いいね!や優しいコメントいただいて嬉しくて泣いちゃいました

ありがとうございました



相方のいない生活に慣れたつもりでいたし、むしろ私のツラいとか大変さなんて相方の痛みに耐えた日々や長年の闘病生活、頑張って働いて定年退職した翌年に亡くなる無念を考えたらまだ甘いわ自分!って言い聞かせてきたけど

8月に発覚して確定するまでがどんよりして誰かに話したい!

でも聞かされた方は気を遣うだろうし私達世代は親の事や自身の体調等で友達もそれぞれが大変だから言わなかった

自分がもうちょっと元気になった頃報告しようかなと思っていた


退院前日に偶然友達からLINEきたから今回の事話したら「なんでいつも事後報告かこっちから聞かないと何も言ってくれないの😡」って怒ってた

確かにね、私話したかったんだと思う


【右胸全摘出】となってしまいました


今は退院後初外来で傷口縫合テープを外してもらい、胸から背中にかけて火傷のようなヒリヒリ感もあり(個人差で年単位で痛くなる事もあるらしい)、腕や胸に痛みがあるので日常生活がリハビリです



でも元気で〜す😊



備忘録も兼ねて今後詳細を残させて下さい🙇‍♂️