恐るべし、「耳」の内部の見えない怪我です。
ことの初めは、耳掻きで耳の中をゴリゴリとお掃除をして
やや痛みを感じましたが、その痛みも消え普通の状態になり
何事もなく就寝して、朝起きて仕事に行き、その時に脇から胸にかけて
もの凄く激しい痛みに襲われて、筋肉痛なのか、それとも肋間神経痛が
また出たのかと思いながら、いつもと違う痛みなので、肺気腫の前兆か
それとも、心の蔵が危険信号の悲鳴を上げているのかと、大きな不安を
感じつつ、症状を検索窓に入れ、ググルといろんな病がヒットしましたが
なんだかどれも自分の自覚症状とは違い、駄目だなこれと閉じました。
ん~ん、この激しい痛みの原因はなんだろう、取り敢えず痛む場所に
ロキシニンテープを貼り、痛みの緩和に努めましたが、痛みは消えずに
これは何か他に原因があるのだろうと、なにかなかったかと思い出すと
耳ほじりがパッと思い浮かび、耳の後ろの下の部分を押すと
肩こり風とは違う痛みと違和感を感じましたので、そしてリンパ腺を探ると
左のリンパ腺だけが腫れていて、こ、これが原因なのだ~、ウヒャヒャヒャ
恐る恐る耳の奥に綿棒を差し入れてみると、耳の内部に耳垂れは出て
いない事を確認して、まずは一安心、だけれども耳の中では炎症は
確かに起きているのだろうと、この痛みから早く解放されたいので
直ぐさま耳鼻科に行こうかと迷いましたが、自分のリンパも頑張って
治そうとしているんだから、自分も頑張らないと駄目だろうと決起して
もしも、この激しい痛みが1日だけ頑張り止まなかったら
仕事も、何もかもをホッポリ出して、直ぐに命乞いの為に病院に行こうと
一つの重要なボーダーラインを引き、迫り来る痛みにグッと耐えながら
頑張れ自分と励まし続け、自らの細胞に応援の声を掛け、自己回復力に
希望を託し、この痛みは必ず消えるのだと信じ、希望の光が必ず見える
時は来ると頑張り抜いた結果、見事に痛みは和らぎ、最後の仕上げに
細胞は、睡眠をしてくれとサインを出してくれて、よっしゃ、寝たると快諾
そうして、まるで死んだように眠り続けました。
朝、目覚めると、強く叩いた肩こりコンコンの打撲の痛みと、リンパの腫れた
部分の違和感が若干ありますが、リンパ腺の大きさも前よりも、約半分程に
小さくなっていて快復の兆しを、実感する事が出来ました。
あの激しい謎の痛みも止み、死の淵から生還したって感じでした。
凶暴なバイ菌と戦う自己が持つ免疫の凄さ、その強靱さを実感いたします。
お医者さんとタックを組んで、治療をすればもっと強くなる事は間違いなし
お医者さんが治してくれるから、自分は何もしなくても良いんだではなく
必ず治すと言う自分の気力、気持ちを持ち続けて、めげずに頑張る事が
やはり凄く大切なのだと思った出来事でした。
ロキシニンテープ、これは、家族の者の腰痛緩和の為にあった物ですが
お医者さんに見られたら、処方箋を出していないのに、勝手に使うな!と
激しく叱られてしまうでしょうが、痛みが取れるんじゃないかと
精神的な支えとなり、めちゃめちゃ凄く助かりました。
勝手に使ってしまって、ごめんなさい。
sukisuki上等兵、地を這いずり、恥ずかしながら日本国へ帰って参りました。
いま、こうやってヘラヘラと生きて居られるのも、医学の力、発展し続ける
先進医療があるからだと、その大切さを感じた、良い経験となりました。
心の蔵ではないか、肺ではないか、そう決め付けて受診をしたならば
未熟な医師は、CTスキャンや心電図、造影剤投与など、放射線を浴びせ
私の体の中の自己免疫までも削ぎ取り、本物の病人にしたかもです。
信頼できる医師を頼る事は、凄く大切な事ですが、技術や知識不足の
医師に掛かると反対に、症状を悪化させる事もあるのだと痛感しました。
いわゆる、無事にこの世に帰って来られた、素人判断の怖さも実感しつつ
いゃ~、あの痛みは本当に口では表せられない程、恐ろしいものでした。
戦場で仲間が負傷した時に、傷は浅いぞ、必ず国に帰れるぞと一生懸命に
声を掛け、生きると言う希望を導き引き出させる、気力を失わせない
声掛けの大切さと、衛生兵、衛生兵と叫ぶ声に、本当に助けて貰ったと
戦友達に感謝の気持ちが湧いてきます、皆さん励ましてくれてありがとう。
心ばかりの粗末な品ではありますが、私からの感謝の気持ちとして
テラ・高級な熱いキッスを贈らせて頂きます。 チュ~ッ!
心配して下さった皆さん、本当に、ありがとうございました。
おわり