公金で企業の救済 | 十勝・帯広を洗濯いたし申し候

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Yahooの勝手な事情からの移民です。トホホ

国庫の中から地方交付税が交付され、それを、企業城下町を良い事にして
一部の企業に金を垂れ流す行為は、完全なる違法です。
地方自治体の、公然と行われている背任行為と言わざるを得ません。

街を救う為の必要悪だから、久間じゃないけれど、しょうがないべ
それでは済まない、公務員達の全てがお縄になる、刑事事件なのであります。

企業城下町と初めから認識があったのですから、住民税の中から、町を支える産業に
何か不測の事態があったならば、緊急支援発動の為にと別枠で、しっかりと予算を組み
市や町は積み立てて置くべきだったのであり、国庫からの地方交付税も住民税も全て
混ぜこぜの味噌も糞も一緒にして、どのお金が企業に流されたのかも分からなくして

一部の企業の救済の為に、日本国民全てから集められた税金が使われるのは
日本国民の中に、救いたくもない企業に、金を献上しているのと同じなのであり
公金というものを、役所の役人は自分達の自由になる金であると、錯覚しているから
その様な不公平な税金の使われ方が為されている訳であり、普段から公金とはどういう
ものなのかを、市長や町長、地方公務員達は深く理解していれば、その様な使い方を
しては成らぬと、例え、裏口から地方公務員になった者でも、猿でも分かる事でありましょう。

地方自治体の税に対する考え方が可笑しいのであり、税金は全て使い切るものであると
入ってきた金を使う事に執着し、金を使う事だけに、様々な無駄な事業を考え出しては
ジャブジャブと垂れ流し、はい、次の地方交付税を下さいなと、手を出しては
まだジャブジャブと使い切り、余った金があれば年度末の事業が増え出して、ホラ使え
金を余らせたら大変だと、買い物依存症患者のように使いまくり、狂った地方行政となり
その町の市民も町民も、自分達の事だからと目の色を変えて、金を使いまくり

えっ、その金の中に私の金も入っているのですけどと、町行く人々に問い掛ければ
そんなの関係ねぇ、一度、地方自治体が貰った税金なのだから、何に使おうが関係ないべ
貴様らに、そんな事を言われる筋合いはねぇ、そんな綺麗事を言って、もしも企業が潰れたら
我々は、即、飯が喰えなくなるのだぞ、てぇめいらには関係ねぇ、サッサと失せあがれ!!
この野郎!!などと、反対に叱責される、人間の醜さだけが表に出ている現実があって

なんで、住民税から月々貯金していなかったのと、聞きたくなるのであるが、先に書いたように
税金は全て使い切って当たり前、よその土地の者からの金も混ぜこぜにして、使い道などは
地方行政に全て任されているのだから、文句を言われる筋合いはないと、地方行政の長ですら
市民や町民と同じ事を言っているのだから、もう救いようは無いのだろう。

必要悪は社会を乱し、人々からの信用をなくし、社会保障は斬り捨てられ、老人福祉や
社会福祉は、ある者達の金儲けに金が流れては、後の後に回されて行き、それでも良いのだと
町の繁栄を望んでいる、なんにも考えていない、将軍に兎に角進めと命令されれば
直ぐに敵陣に進み行き、忽ち、討ち死にしてしまう、戦国時代の足軽兵隊の様な市民達が
有象無象と寄り集まって、集落を創り暮らしているのだから、久間じゃないけれど
そんな町など、どうなっても、しょうがないのかも知れないけれど、そんな大人達の姿を
見て育っている、子供達が不憫でならないから、どうしても、このようなボヤキが出てしまう

人間と産業は憑依一体であり、人間に欲望がなければ決して何も進化しないのだと
ダーゥイン先生は、進化論を世に出し紐解いているのだが、魂がない肉体や産業は
形だけが大きくなっているだけで、本当に、進化しているのだろうかと考えれば
今の人々の生活や、思想理念を見る限りでは、とても疑問を感じてしまうのである。

東京都心に、バベルの塔を築こうと動く、森ビルの森、ヒルズに住み時の多くの金を
手にした、IT産業と株取引を融合し操った、悪徳野郎の掘、金儲けは悪い事ですかと
人々に問い掛けた村上、欲望が満ちる場所に更なる欲望が渦巻き、何もかもを吸い込んで行く
人の心も金も財産も全てを溶かし、ドロドロとした黒い液体に変え、人々は正気を失い
人の金ですら、自らの懐に入れたがり、これも世の中の流れなのだから、久間じゃないけれど
しょうがないと、諦めの声だけが響いているのが、今の日本国なのだろう。

おわり