備忘録として
「もやもやした気持ちになる季節がやってきた」
ノーベル賞の発表が相次ぐ時期を、そんな思いで迎えた人たちがいる。女性の研究者たちである。
医学生理学賞を受けた大隅良典さんの記者会見を見た明治大学教授の藤田結子さん(社会学)も、その一人だ。
「家庭のことはまったく見ないで、研究に没頭する。そういう姿を見て、彼女は一生懸命支えようとしていた」と語る大隅さんに、「まただ」とムッとした。しかし、会見の終わりごろ、同席した妻の万里子さんの女性研究者に向けた助言に胸が熱くなった。
「私は若気の至りで早めに結婚してしまった。きちんと勉強していれば、その後の人生はかなり違ったと思う。私は勉強することを放棄してしまったので、若い女性はチャンスがあれば仕事をして、できれば自分の幸せを実らせてほしい」
藤田さんはこの発言を引用し、毎日新聞のニュースサイト「経済プレミア」の連載記事で「妻の献身はノーベル賞受賞に不可欠なのか」と書いた。昨年、一昨年の受賞者が口にした「夫を支えた妻の話」も紹介し、3年連続のもやもやを込めた。
家庭も育児も、大隅さんは若いころの生計も妻に頼った。万里子さんは大学院を中退し就職した。迷いや後悔はなかったのか。「若気の至り、勉強の放棄、自分の幸せ……。そこに複雑な思いを感じます」と藤田さんは語る。
男が同じ立場になることはないだろう。日本女性科学者の会の元会長、大倉多美子さん(薬学)の話を思い出す。
「研究者の世界は旧態依然の男尊女卑。女は男の手足となって使われている。寝食忘れて日本の科学技術の発展の支え手となり、貢献しているが、社会の評価は低い」
それが女性研究者の割合が世界最低水準という現実に表れている。政府の男女共同参画局によると、日本はわずか15%で、40%台のポルトガルやエストニア、30%台の米国や英国、トルコ、チリなどに大きく後れをとっている。
女性に配慮し託児施設付きの学会もある。だが、「子連れの出張に経費はおりません」という大学は珍しくないそうだ。子どもを連れ、自腹を切ってなんとか学会に出る。誰かの「献身」を期待するどころかハンディだらけだ。日本の女性研究者がノーベル賞を受ける日は来るだろうか。
少なくとも、家庭を忘れて研究に打ち込む科学者像を持ち上げ、「内助の功」を無条件に美談として扱うのはもうやめにしたい。(論説委員) 毎日新聞2016年10月26日