初めてこの曲を知ったときは固まったのを覚えてます。
ODを曲にすることに衝撃を受けて。
今は発売していないお薬もあるので安全性は高くなっているのかなと思うけれど、ODは下手すると死ぬので。
でも、衝動的になってやりがちですよね。
(若者は特に。気持ちはわかる。)
☆
何度もODしてきた私から見ると
この曲は、ODをする彼女と、ODをやめさせたい彼氏の胸の内を描いてるのかな…?と
ここから、歌詞を私なりに解釈していくと
“この手をすり抜ける全てが愛に見えたの”
はODしてるとそんな感覚になることがあります。
自分を取り囲む状況や周囲の人も含め現実が全て、お薬で頭がボーッとしてみな遠くなっていくんです。
大事な彼女がそんなことしていたら、それを止めることができなかったら、安心して眠れない日が続いたら、それは彼氏にとっては“やるせない日々”だろう、と。
下手したら、自分の寝てる間に隣でやられてしまうかもしれないので。
“飲んで、吐いて、忘れちゃえ”
は彼氏が苦しみをお酒で紛らわしているという描写かな?
でも、ODとアルコールの多飲をセットでする人も少なくないと思うんです。
私もそうだったし。
死にたいなら尚更。
だから、彼女の可能性もある。
それは、“解像度の悪い夢を見たい”と思う。
そんな状況なら、2人とも悪夢も見るでしょう。
ODして深く寝ちゃいたい、全てから逃げたい忘れたくもなるだろうし。
ODを隠すために、“変に間の悪い嘘”も彼女は何度もつくだろうし、お薬は体に“溜まっていく”し、薬の量や種類によっては人生は“終わる”。
彼女のことを“分かりたい”
でも、言葉を尽くすより簡単な体を合わせることにお互い逃げてしまうのだとしたら。
ODはセンシティブな問題だから、なかなか周囲に打ち明けられない。“Overdose、君と2人”なのかな、と。
“時間だけが過ぎてく問答”になるだろうし。
あと、精神的に追い詰められると音楽に逃げたくもなるから、“Don't stop music. dariing.”なのかな。
まだまだ分からないところはあるのだけど、私の解釈は以上です。
☆
ODを浅くしか知らない人だと、そんなに危険じゃないだろうと思うかもしれないので、あえて書かないほうが良いことも書いてます。
ODじゃなくてもアルコールじゃなくても、楽になれるものがあれば良いのに。
そもそも、ODせずに済むようにできたら。
いまODしている人も、してもいいけど体にダメージ与えない程度にしてもらえたらいいなと思います。
私の前の主治医も“自傷はともかく自殺はしないでください”と言っていたし。もちろん、自傷せずに他のことで解消できたほうが良い。
うまく衝動をコントロールできるようになること、波が来た時に別のことで対処できるようになることって難しいけど必要で。
一番はODしなくてもいられる環境を作れることですよね。一緒にいて辛くない人を増やすこと。
時間はかかるけど、大事。