彼に出会うまでには、いろんなことがあった。
大きな別れが2度。
大好きなばあちゃんと長年付き合った人。
私は、ばあちゃん子だった。
とにかく素晴らしいばあちゃんだった。
亡くなってから痛烈にばあちゃんの偉大さを知ることになった。
「死」というものが身近になったときいろんなことを考えた。
その人の一生というのは死んだときにわかるんだとつくづく思った。
どんな人生を送ってきたか、答えは最期に出るのだ。
私は、ばあちゃんの孫であることを誇りに思う。
ばあちゃんとの別れは突然だった。
あれよあれよという間にばあちゃんは旅立ってしまった。
周りに迷惑をかけないようにと、ばあちゃんらしい最期だった。
ばあちゃんが亡くなる前の日
ある人の言葉でばあちゃんの死に対する覚悟ができた気がする。
その人は「人はこの世を去ってもたましいは生きている」と。
現世での修行を終えたからこそ里帰りするそうだ、遠い街に引っ越したのと同じと。
悲しいことではないのかもしれない。
ばあちゃんのこの世での修行が終わる卒業式のようなもの。
そんな風に思えてあんまり取り乱すことはなかった。
ただ病室に会いに行った時、周りにばあちゃんの兄弟やら人が多くいて
まさか明日亡くなると思わなかったから、
また明日も来るからねと言ってすぐ帰ってしまった。
それが私と交わした最期の言葉になった。
ばあちゃんはわかっていたのだろうか、ベットから名残惜しそうな顔をしていたのが
いまだに忘れられずにいる。ぞれだけが心残りだ。
ばあちゃんを失ったダメージは相当なものだった。
頭ではわかっていても、心はそうはいかなかった。
とにかく眠れない。
眠れないということがどんなに苦痛なことか。
夜が長くて、怖かった。
私は初めて心療内科を受診した。
先生に話を聞いてもらい、薬を出してもらった。
少しラクになった。それから徐々に回復し眠れるようになった。
長年付き合った人との別れもちょうどその時期と重なった。
周囲は結婚するものだと思っていたから驚いていた。
なぜ別れを決意したのか、あのときの心境はよく思い出せない。
だから周りに説明するのに苦労した。
ただはっきり言えることは「結婚するのはこの人じゃない」
そう思ってしまったからだ。
その人にしてみれば青天の霹靂だったことだろう。
最後は納得して「幸せになれよ」と言ってくれた。
自分から切り出した別れなのに
それからは罪悪感を背負って生きていくようになった。