「結局女心なんてわかんないのよ!だってそうでしょ?普通そんなこと言う?」
リサさんはそう言って僕に悪態をつく。
「普通さ、彼女とのラブラブなデートの様子なんか他の女の子に話さないと思わない?デリカシーがないって言うか、女の気持ちを逆なでするっていうか!」
リサさんの文句はとどまるところを知らない。
まぁ、それもいつものことなんだけど。
僕は『ハイハイ』とリサさんの愚痴を聞きながら、今日も居酒屋でだらだらと時間を過ごす。
もっともこれをデートだと思っているのは僕だけなわけで、リサさんは単なる都合のいい友達としか思ってくれていないと思う。
僕とリサさんはバイト先で知り合って僕はリサさんに片思い中。
リサさんの彼氏は結婚している男だからリサさんとは不倫なのだけど、リサさんはそれを決して認めようとしない。
その証拠にリサさんは彼氏の奥さんのことを、『奥さん』とは決して呼ばず『彼女』という呼び方をする。
リサさんと彼氏は知り合って1年ぐらいになるらしくて、僕とリサさんは知り合ってもうすぐ7ヶ月になる。
バイトが終わってリサさんと居酒屋へ行くことは多い。
リサさんは底無しなのでいつでもビールをジョッキで飲んで、お酒がなくなると機嫌が悪い。
僕はちっとも飲めないから、ジンジャーエールををちびちび飲みつつ、そんなリサさんに付き合う。
ちょっと酔ってご機嫌なリサさんを見るのは、僕にとっては嬉しい時間だから、お酒の席でも苦にならない。
友達にはいつも大変だろうって言われるけど。
今夜のリサさんはちょっと荒れていて、ずっと彼氏の悪口を言っていた。
どうやら彼氏が奥さんの料理は美味しいのだとメールで褒めたらしい。
リサさんは僕に話さなかったけれど、今までにもそんな事を言われていたような口ぶりだった。
かわいそうなリサさん。
1年も付き合っているなら『そんな初歩的なミスをするなよ』といいたいけれど、それは黙っていた。
僕ならリサさんを悲しませるようなことは決して言わないのに。
でも僕はリサさんに彼氏と別れればなんて言ったことはないし、この先言うつもりもない。
この状態を壊したくないっていうのもあるけど、一番の理由はリサさんの泣き顔を見たくないからだし、もしかすると僕が弱虫なだけかもしれない。
今日のリサさんは絶対に飲みすぎていて、トイレに行ったきり帰ってこなかった。
しばらくして、お店の人と一緒に帰ってきたリサさんは立っていられなくて、僕は店員さんの冷たい視線を浴びながら会計を済ませると、リサさんを抱えてお店を出た。
「お客様お帰りでーす!!」
声に見送られながら外に出ると、今年初めての雪がふっていた。
寒いはずだった。
もうすぐクリスマスの街はみんながみんな浮かれていて、浮かれていないのは酔いつぶれたリサさんと僕ぐらいだったし、その上リサさんはなんだか泣いていた。
リサさんが泣いたのを見るのは初めてだったし、いつでもちょっときつい女を見せていたから、ぽろぽろとあふれる透明な涙に僕は戸惑ってしまった。
「大丈夫?」
「うん・・・」
「一人で帰れる?」
「うん・・・」
泣きながら震えるリサさんに僕のダウンジャケットを着せ、僕は通りのタクシーにリサさんを押し込んだ。
そして運転手さんにだいたいの住所を告げて、『お願いします』といって頭を下げてからタクシーのドアを閉めた。
飲みすぎて泣いているリサさんを一人にするのは心配だったけど、かといって一人暮らしのリサさんの家まで一緒に行くのもなんだか気が引けた。
リサさんはきっと彼氏に連絡をするだろうし、そこに邪魔者の僕がいることもいやだったから、僕はちょっと哀しい気持ちのままタクシーを見送った。
もうとっくに、終電は終わっていた。
さっきのタクシーの運転手さんにリサさんの家に着くぐらいのお金を渡してしまったから、僕にはもう手持ちがなかった。
しんしんと降る雪空を見上げながら、歩いて帰るしかないよなと考えるとちょっとめげた。
こんな冷える夜にダウンジャケットが無いのは、かなり骨身にこたえた。
でもまぁリサさんはとりあえずタクシーに乗せたことだし、気を取り直して歌でも歌って帰ろうかと50メートルほど歩き始めたとき、僕の前にタクシーが止まった。
それはさっき僕が見送ったタクシーで、運転手さんが窓越しに困り果てて言った。
「泣いて困るんです。」
後部座席のリサさんは、泣きじゃくっていた。
「行き先もはっきり言ってくれないし。申し訳ないけど一緒に行ってもらえます?」
「あ、はい・・・。すみません。」
何がすまないんだかよくわからないけど、そんなわけで僕もタクシーに乗り込んだ。
「大丈夫?」
「うん・・・」
僕はリサさんをダウンジャケットの上からそっと抱きしめた。
バイトの仲間で一度だけリサさんの家に遊びに行った事があるから、大体の場所は覚えていた。
泣き続けるリサさんに時々聞きながら家の前にたどり着いた頃には、道路にうっすらと雪が積もりはじめていた。
リサさんをおろしてお釣を受け取ると、
「ちょっと見てやってね。あんたも大変だけどさ」
運転手さんからそう同情された。
タクシーのテールランプが雪の中遠ざかり、僕らは二人きりになった。
申し訳ないと思ったけど鍵をバッグから出して、部屋のドアを開けた。
以前みんなできたときより生活感のある、というか多少散らかっている部屋に上がった。
「お邪魔します!!」
誰も聞いていないけど大きな声でそう言ったのは、あまりにもドキドキしていたから。
ソファーにかけられたパジャマ、飲みかけのカップが置かれたテーブル、窓辺に干してある下着。
見てよかったのかな・・・。
心臓がバクバクした。
リサさんはベッドに転がるように行くとそのまますぐに眠ってしまい、僕はどうにかダウンジャケットを脱がせて、それからリサさんに毛布をかけた。
そっと頬にキスしようかと思ってやっぱりやめたのは、一度してしまったら自分で歯止めが効かなくなりそうな気がしたから。
だんだん暖まってきた部屋は心地良くて、ベッドの淵に座ってリサさんの寝顔を見るのはとても幸せな時間だった。
これって最高のクリスマスプレゼントかもしれないなんて思ったまま、僕はいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めるたのはお昼近くで、とりあえずコーヒーが飲みたくて台所に立って二人分のコーヒーを淹れた。
セサミストリートのキャラクターのついた大きなマグカップにコーヒーを注いで、
「コーヒー淹れたけど、飲みますか?」
リサさんにそっと声をかけた。
目をあけたリサさんはちょっと不機嫌そうに
「どうしてここにいるの?」
と聞くので、簡単な経緯を説明した。
「覚えてます?」
「まぁ、なんとなくね・・・」
そうは言うけど、多分リサさんは覚えていないんだろうな。
ベッドの上のリサさんにマグカップを手渡して、僕達は黙ってコーヒーを飲んだ。
テレビをつけると『雪のために交通機関はストップしている』と繰り返し流していた。
僕はもう少しここにいるしかなさそうだった。
あの雪の夜の3ヵ月後、リサさんはバイトから社員に抜擢された。
僕はそのあと少ししてバイトをやめ、いつかやろうと思っていた会社を起こした。
仕事は忙しくなったけど、僕はリサさんとの時間だけはできる限り作るようにした。
僕自身が逢いたかったから。
リサさんは彼氏の話をだんだんしなくなって、そのうち全くしなくなった。
彼氏に振られたのか自分から別れたのかはわからない、僕からは聞かなかったし、リサさんも話さなかった。
そして、リサさんは僕の妻になった。
僕がいつでも思うことは、最後まで諦めない者が勝ちだっていうこと。
何があっても、続ける。
だって勝利への道は、それしかないんだから。
すやすや眠る妻の顔を見て、僕はいつでもそう思うんだ。