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人を恋する気持ちって、きっと昔から変わらない。

「少し寝ますzzz」
彼からそんなメールが届いたのは土曜の午前中だった。
「おやすみなさい」
となんだか的外れな気がするメールを送ってから、今日一日何をしようかと考える。

結局午前中いっぱいをダラダラと過ごし、午後から買い物に出かけた。
今使っている電子レンジが壊れたので買いなおそうと思ったのだ。
気の向くままに電器店を3軒もまわって自分でも少し呆れたけれど、各店でかなりの値段の開きがあるのがわかり、それはそれで収穫だった。

最後に行った電器店は郊外型の大きなお店で、同じ敷地内にホームセンターが併設されている。
ちらりと電器店へ寄ってから、ホームセンターへ足を向けた。
片付けようと思ったまま数年も放置してあるPC周りをどうにかしようと思ったのだ。
いろいろ考えてから、手持ちのスチールラックに取り付けるジョイント式のスライドシェルフを買うことにした。
できれば今日中にある程度かたをつけてしまおう。

帰宅後は、ガラクタがのっているスチール棚を整理することからはじめた。
まずスチール棚のガラクタをどかし、それからスライドシェルフを取り付け、PC類をセットした。
PC2台、プリンタ1台、FAX付き電話1台、ADSLのルーター1台。
それをすべて1つの棚におさめた。
結構な時間がかかったが、以前よりは使い勝手がよさそうに見える。
うん、いいんじゃない?

一日中、気づくと彼のことを考えていたが、今日は電話をしないようにと思っていた。
今週の初めに彼から
「答えるのに1週間の猶予が欲しい。」
とはっきりと言われていたからだ。
彼がそう言った原因はすべて私にあるのだが、その後もぐずぐずと彼の周りにまとわり付いていた私は
「これはフェアじゃないでしょ。」
とも言われていた。
そうか。
そうだよね。
真っ当な意見だと思う。

だから今日は、ずっと電話をしないでいた。
彼はもう起きているかもしれないし、それともまだ寝ているのかもしれない。
疲れていたからまだ眠りこんでいるのかもしれない。
それなら尚、起こしたくなかった。

今夜はモツ鍋を食べようと思っていて、彼から連絡があったなら誘おうかと思っていた。
でも電話がないのでそれもおあずけ。
私は一人で軽く飲みながら、ぽそぽそとお鍋をつつくことになるのだろう。
それもまあ、仕方ない。

明日はどうしようかと、また考える。

うん。
また部屋を片付けよう。
たまにはそんな週末もいい。
夜は嫌いだ。
一人になっちゃう。
「もう逢わない」
そうメールを送った。

そうだ。
もう逢わなければいいんだ。

そうしたら。
もう。
きっと。

なんでこんなに揺れている?

怯え?
やるせなさ?
嫉妬?
憂鬱?
恐怖?

どれも合っていてどれも違う。

言わなければいいのに。
適当にごまかせばいいのに。
嘘をつけばいいのに。
ばれなければそれでいいんだから。






だめだ。
眠れない・・・



「キライ」って言葉を飲み込む。
「キライ」なのは
私自身。
あの日、ここで別れた。
紅い三日月がでていた夜に
私は泣きながらメールを消した。
突然海に行きたくなって、夕方彼を誘った。
彼はそんな私のワガママには慣れっこで、「いいよ」とだけ返事をしてくれた。
待ち合わせ場所だけをとりあえず決めて電話を切る。

待ち合わせた場所はどうやらお祭りみたいで、道はひどく渋滞していた。
渋滞の中彼をピックアップして、海までの最短距離を選び車を走らせる。
横浜を抜け、海の上に浮かぶ人工の島まで行く。
私はここを通るのも初めてで。
そういえば知り合いがここの工事の監督をしていたなんてことを、走りながら思い出す。
あれはもう、何年前のことだろう。

人工の島に車を停める。
車のドアを開けたとたん、体中を潮風に包まれた。
満月にはまだ少しあったけれど、膨らみかけた月は十分な輝きを放っていて。

彼はここに何度も来たことがあるという。
そうなんだ・・・
そんな話をしながらも、テラスに上がった私は、月から目が離せなくなった。

そう。
なんて美しい月なんだろう。
半月を3日ほど超えた月。
夜空にその存在感は圧倒的だった。

白く輝く月。
羽田から発着する飛行機が緩やかに旋回しながら東京湾を通った。
金星の輝きと同じだけの光度を放ち、やがて飛行機は消え去っていった。
どれだけの飛行機を、私はそこで見送っただろう。
時計をする習慣のない私と彼には、時間の検討がつかなかったけれど、だいぶ長い間そこで二人で月の輝く夜空を見ていた。

月の下には、凪いだ海に一直線の道ができていた。
月の光でできた道。
ゆらゆらと静かに揺らめく海にできたその白い光の道は、この人工の島から陸地まで一直線につながっていた。

幻想的という言葉が、一番ぴったり来るのかもしれない。
幻想。
そう。
まるで、幻のような夜だった。

あんなに輝く月夜を共有できて、よかったと。
彼と一緒に見れてよかったと。
今宵の月を見とれて想う。
携帯を投げつけるべきか
着信拒否をするべきか
悩む
【言葉】を見ていたら、逢いたくなった。

記録されているたくさんの言葉。
ふたりしか知らない言葉。
逢った後にくれる言葉。

これはもう、【麻薬】としか言いようがない。
気がついたのは飲んでいる最中だった。
テーブルをはさんだ向かいに座った彼女の指に、しているはずの見慣れた指輪がなかった。
いつから指輪をしていなかったのだろう。
彼女の左手に指輪がないことをいぶかしく思った。
「指輪、していないんだね」
「え?」
彼女は心底驚いたようだった。
そうして少し笑ってから
「もうだいぶ経つわよ?」
僕にそう言った。

カウンターといくつかのテーブルのあるバーは、にぎわっていた。
照明を落とした暗めの店内で、僕らはそれぞれお気に入りのカクテルを飲む。
お酒に詳しい店員さんに勧められて、お店で漬けたというオレンジ入りのジンベースのカクテルを飲むこともあった。
僕らはいつも、テーブルの上で手を繋いだまま話した。
お店の人に僕らの関係は、一目瞭然だっただろう。

「指輪、いつからしていないの?」
そう尋ねる僕に彼女はクスクス笑って
「ねえ。あなたが指輪をずっと見ていたの、覚えてる?」
逆に聞き返えされた。
「いや、ぜんぜん。」
彼女の指輪を見ていた記憶はなかった。
「だいたい、指輪をしていないのにも今気がついた」
彼女の事を見ていないようで気が引けたけれど、僕は正直に彼女に告げた。

「あの日、ずっと指輪を見ていたでしょう?」
僕らが何度目かに会った夜、僕の視線はどうやら彼女の細い指先に釘付けだったらしい。
左手にはまる指輪。
僕はその指輪の重さも意味も十分すぎるほど知っていた。
中に彫られているであろう、二人のイニシャルと過去の日付。
おぼろげにその夜の記憶が浮かび上がる。
あの晩、それ以上僕は何を知りたかったというのだろう?
彼女にその夜のこととを指摘されて、僕が心の中で思っていたことをも見透かされたような気分だった。

僕は指輪をしていない。
仕事柄と言うのもあるし、していること自体が面倒になったせいもある。
でも、彼女は違った。
彼女と初めて飲んだ夜、彼女は確か僕にこう言ったはずだ。
『パートナーとの関係を上手く続けるために【形】が必要だと思ったから、またつけはじめたのよ』と。
また、付け始めた指輪。
そうして、また 外された指輪。

「でも、もういいの。」
彼女はそう言った。
「【形】ではないものが、いま必要だから。
だから外したのよ」
と。
僕と逢うときだけ外そうかとも思ったけれど、指輪の後はどうしても残るから。
僕がそれを見つけてまたじっと指を見られたら、それはちょっといやだったからと。
だから外したのよと、そう説明してくれた。
それからやはりフフフと笑って
「でも、もう外したのは何ヶ月も前よ?」
そうイタズラっぽい視線を僕に投げかけた。

外された指輪。
指輪がないことに違和感を持たなかった僕。
狂っているのはどちらだろう。

僕にとって君がどれだけ必要なのか。
説明しようと思って途中でやめた。
それはいくら言葉をついでも伝わらないことだから。

僕は君に指輪を送れない。
少なくともいまは、まだ。
でもいつか。
僕と君のイニシャルが入った指輪を交わせたらなんて、夢を見たりするのも悪くはないんじゃないかと。
そんな風に思う。

君にはまだ。
言わないけどね。
私は桜が好き。
はらはら花散る中をそぞろ歩くのが好き。

私の好きな桜のある場所。
あなたの好きな桜のある場所。

ねえ。
来年も一緒にいたらさ。
お互いに好きな場所を見せあおっか。